| 歴史が眠る多磨霊園 |
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津崎尚武 |
つざき なおたけ | |
| 1882(明治15)〜 1962.8.29(昭和37) | |
大正・昭和期の政治家 | |
| 埋葬場所: 12区 1種 7側 | |
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鹿児島県根占出身。1909(M42)東京帝国大学法学部を卒業。長野県属兼警視を経て27歳で更級郡長として着任。 教育文化産業経済交通衛生等の各般にわたる革新的郡行政を推進した。また郡立更級農学校の興隆に貢献。 とくに交通不便に加えて千曲川河畔に拠る水害に伴う郡役所移転問題を現在地に解決をみたのは先見的英断と政治的手腕の賜物と伝えられる。 このように長野市の篠ノ井の生みの親として尽力したことで、津崎町として名前も残る。長野県理事官学務課長等を歴任し、'20(9T)〜'46(S21)まで議員として、厚生政務次官など国政に参与。 当時、鹿児島では「西に床次あれば東に津崎あり」と称されたほどの人物。床次とは床次竹次郎(12-1-17-18)のこと。 多磨霊園には西でも東でも活躍した人物が眠っている。享年80歳。正4位勲2等。 <篠ノ井にある津崎尚武胸像の略歴など>
*長男の津zア武司(平成7.5.4没)は日本航空調査部長を務めた人物で航空関係の著書も多数出版している。享年72歳。
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