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たむら とらぞう

田村虎蔵

たむら とらぞう

1873.5.24(明治6)〜 1943.11.7(昭和18)

明治・大正・昭和期の音楽教育家、作曲家

埋葬場所: 11区 1種 5側

 鳥取県岩美郡馬場村(岩美町馬場)出身。1895(M28)東京音楽学校卒業。 東京音楽学校、東京高等師範学校助教授として25年間の長きにわたり音楽教育界の指導的立場にあった。
 1900(M33)言文一致唱歌を提唱し、「尋常小学唱歌」(1905)、「高等小学唱歌」(1906)などを編纂。納所弁次郎らと「幼年唱歌」として発表した『浦島太郎』『金太郎』『花咲爺(はなさかじじい)』『一寸法師』『牛若丸』等の作曲によって、大正・昭和初期にかけての童謡流行の先駆的者として知られた。
 1922(T11)西洋に渡り音楽教育事情を研究、帰国後は、東京市音楽担当視学となる。弟子に堀内敬三がいる。享年70歳。

<コンサイス日本人名大事典>
<音楽家人名事典>
<日本大百科全書>


*墓石は和型「田村家之墓」。裏面に「昭和十年七月建之 田村虎蔵」と刻む。墓誌はない。同墓所に自然石「服部美勢之墓」も建つ。裏面に「昭和十年七月建之 田村和子」と刻む。

*鳥取県岩美郡岩美町馬場に「田村虎蔵先生之生地碑」と像が建つ。東京都新宿区筑土八幡町4-24 区指定史蹟として「田村虎蔵旧居跡」と記す案内板がある。またその近くの筑土八幡神社入口に金太郎の一節と由緒の書かれた「田村虎蔵先生をたたえる碑」 が建つ。


【田村虎蔵 作品集】
「一寸法師」(巌谷小波 作詞)
「うらしまたろう」(石原和三郎 作詞)
「きんたろう」(石原和三郎 作詞)
「はなさかじじい」(石原和三郎 作詞)
「うしわかまる」(石原和三郎 作詞)
「だいこくさま」(石原和三郎 作詞)
「大寒小寒」(石原和三郎 作詞)
「上野唱歌」(石原和三郎 作詞)
「大江山」(石原和三郎 作詞)
「青葉の笛」(大和田建樹 作詞)
「東郷大将」(大和田建樹 作詞)
「大野市立 有終西小学校校歌」(大和田建樹 作詞)
「瘤取り」(木村小舟 作詞)
「世界一週唱歌」(池辺義象 作詞)
「唱歌明治聖帝」(芳賀矢一 作詞)
「乃木大将 唱歌」(芳賀矢一 作詞)
「万朶桜 乃木大将の歌」(菟道春千代 作詞)
「飛行機唱歌 地理教育」(鷲尾義直 作詞)
「明治のみかど」(土方久元 作詞)
「川島郷歌」(佐佐木信綱 作詞)


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