歴史が眠る多磨霊園


たちばな こいちろう

立花小一郎

たちばな こいちろう

1861(文久1)〜 1929(昭和4)

明治・大正期の陸軍軍人(大将)、男爵

埋葬場所: 3区 1種 22側 2番

 1883(M16)陸軍士官学校卒。89陸軍大学校卒。日露戦争では第4軍参謀副長、大本営参謀であった。 1905ポーツマス講和会議に全権随員として活躍。14(T3)朝鮮駐箚(ちゅうさつ)憲兵隊司令官兼朝鮮総督府警務総長、 19関東軍司令官に就任。翌年大将昇格。21最後のウラジオ派遺軍司令官としてシベリアから撤兵した。 23予備役となり、25貴族院議員。

<朝日日本歴史人物事典>

*立花家之墓には墓誌も戒名もなく小一郎の名は刻まれていない。
*父は三池藩士で廃藩置県後に三池県の少参事・議長となった立花景福、通称・碩である。 母は庵原康成の養女の立花家子。なお、1923(T12).10.16立花小一郎が男爵を授爵した。 小一郎没後は馨→昭が継承した。


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