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すずき ただし

鈴木 正

すずき ただし

1910.10(明治43)〜 ?

昭和期の実業家(三木証券・新日本鍛工)

埋葬場所: 9区 1種 1側 16番

 秋田県山本郡金岡村(旧 山本町、現 三種町)出身。大館中学、山形高校を経て、1935(S10)東京帝国大学経済学部卒業。 戦前は一時、東京鍛工にも身をおくが、義父(婿養子となる)である鈴木三樹之助の三木証券に入り経営の見習いとなる。'55三木証券の2代目社長に就任。 後に新日本鍛工株式会社(シンニッタン)の社長も兼ね、証券と鍛造業の二刀流と称される。更に、全日本鍛造工業会会長としても活躍。 '62ロンドンで開かれた第四回国際鍛造会議に日本団長として出席、また、'65第五回大会(西ドイツ、ミュンヘン)にも団長として出席した。 '65.5竹村吉右衛門賃の後任として在京鳳鳴会会長に就任し、郷土人(秋田人)の育成にも肩をいれた。'66三木証券の会長となる。

<あきた(通巻40号)中山善三郎連載対談 鈴木正氏 など>


*墓石前面「鈴木三樹之助之墓」。妻は真佐栄。妻の妹の志げ子は後に総理大臣となる大平正芳に嫁いだ。鈴木家と大平家の墓所は隣同士である。


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