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しば やすこ

斯波安子

しば やすこ

1878.3(明治9)〜 1954.1.10(昭和29)

大正・昭和期の教育者

埋葬場所: 10区 1種 15側 16番

 福井県福井市出身。橋本知貞の長女として生まれる。旧姓は橋本。本名はヤス。「斯波安」と記すものも多い。福井高等女学校を経て、東京女子高等師範学校を卒業。福井高女で二年、母校の福井高等女学校で16年間教師として教壇に立つ。
 1922(T11)戸野みちゑ、十文字こと と文華高等女学校を創立し、学監に就任。'35(S10)まで務めた。文華高等女学校は、'37 から校名を、十文字高等女学校に変更している(現在は十文字高等学校)。
 この他、婦人同志会幹事、十文字高等女学校評議員、全国中等学校女教員会理事、人事調停委員などを務めた。著書に『綴り方の本』『小学校作法書』『小学歴史要綱』『地理要綱』がある。

<日本女性人名辞典>
<人事興信録>


*墓石は和型「斯波貞吉墓」。裏面が墓誌となっている。戒名は一乗院殿釋貞善居士。夫の斯波貞吉はジャーナリスト、政治家。安子(墓石にはヤスと刻む)は教育者。戒名は乘蓮院殿釋安養大姉。二人に子がなかったため、同郷の福井出身、野坂軍太郞の五男の隆義を養子として迎えた。斯波隆義(S62.7.16歿・享年83歳)で戒名は隆宝院釋義徳居士。妻は美喜(S39.6.11歿・享年55歳)。



第421回 国家主義論の最初 斯波貞吉 教育者 斯波安子 お墓ツアー


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