メイン » » » 中村太八郎
なかむら たはちろう

中村太八郎

なかむら たはちろう

1868.2.20(明治1)〜 1935.10.17(昭和10)

明治・大正期の普選運動家

埋葬場所: 9区 1種 8側

 日清戦争後の社会問題に鋭い関心を示し、早くも1896(M29)木下尚江らと郷里松本に平等会を組織、翌年上京し片山潜らと社会問題研究会の結成に参画する等、松本と東京にまたがる社会運動組織者として活躍。 問題は普通選挙の実現との信念から、97木下らと松本市に普通選挙期成同盟(普通選挙同盟会)を結成、わが国初の実際運動と取組んで、99全国組織の普通選挙期成同盟会成立の道をひらく。 以来約30年普選法成立まで常に運動の中心に立ち、〈普選の父〉と呼ばれた。土地国有論者としても有名。

<コンサイス日本人名事典>


墓所

*墓所内正面に中村家之墓。右側に中村太八郎と妻の中村キルビー・メリの名が刻む洋形墓石がある。左側に墓誌が建つ。


中村キルビー・メリ なかむら きるびー・めり
1883(明治16)〜1963.8.13(昭和38)
明治・大正・昭和期の英語教育者
 普選の父と呼ばれた中村太八郎(同墓)の妻。《詳しい詳細は調査中》
 1904(M37)慶応義塾で英語早期教育を開始した。'20(T9)コドモ英会話会を誕生させる。ダイレクト・メソッドを研究し子供たちに実施した。'23成人教育にも範囲を広げ、女子部を設置した。 '35夫が先立つも日本に留まり、子供や成人女子を中心に英語教育普及に尽力した。'37(S12)芝パークセミナリと改称し、東京府の公認校となる。 戦時中の苦難を乗り越え、戦後'50キルビー学院と改称し、'52学校法人化をした。享年80歳。現在の理事長は孫娘の中村冨美子が務める。


*中村冨美子氏はご健在ですが、すでに墓誌に戒名と俗名が赤字で刻まれている。

*中村太八郎の養子となった中村章は(同墓)は草間滋(6-1-16-31)の3男。

*墓石・墓誌では「中村キルビー・メリ」と刻み、「メリー」と伸ばしていないため、ここでは「メリ」と紹介しています。


関連リンク:



| メイン | 著名人リスト・な行 | 区別リスト |
このページに掲載されている文章および画像、その他全ての無許可転載を禁止します。