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せんごく まさかた

仙石政固

せんごく まさかた

1843(天保14.12.15)〜 1917.10.23(大正6)

幕末・明治期の大名、子爵

埋葬場所: 12区 1種 5側 17番

 但馬出石(たじまいずし)出身(兵庫県豊岡市出石町)。第5代藩主の仙石久道の3男で、第7代藩主の仙石久利の兄である土岐政賢の長男として生まれる。幼名は鋭雄。
 第6代藩主の仙石政美が嗣子がなく没し仙石騒動(お家騒動)が起こる。結果、父の病弱を理由に家督は相続されず、弟の仙石久利(同墓)が継承した。 久利にも嗣子がいなかったため、早い時期より甥の政固が世子として指名されていた。
 政固は久利と協力して藩政を行った。1865(慶応1.5.15)久利の養嗣子となる。1868学校権判事、大学少監に任じられる。 1870(M3.1.28)久利の隠居に伴い、家督を継ぎ、但馬出石藩主(第8第藩主:出石藩仙石家11代)となる。 明治維新で出石藩知事となったため但馬出石藩最後の藩主となった。しかし、1871(M4.7.14)廃藩置県により知事を免官された。 1884.7.8子爵を授爵。貴族院議員。従2位。享年73歳。
 正室は木下俊敦の娘の峯子。東京都文京区白山の大乗寺に葬られる。

<江戸大名家総覧>
<講談社日本人名大辞典>
<但馬の殿様>
<もへい様より情報提供>


墓所

*大乗寺墓地から改葬。墓所入口右手に「仙石家」。正面墓石が三基並んでいる。仙石政固夫妻の墓、仙石政敬夫妻の墓、合祀墓が建ち、合祀墓に仙石久利の名前が刻む。入口と墓石の間に挟んで墓誌が建つ。


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