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さわもと よりお

澤本頼雄

さわもと よりお

1886(明治19)〜 1965(昭和40)

昭和期の海軍軍人(大将)

埋葬場所: 10区 1種 10側

 山口県出身。海兵36期、卒業後、霧島・常盤・河内分隊長を務め、1919(T8)海大17期では砲術を専攻。海上、陸上のエリートコースをバランスよく往復したが、陸上では軍政系の勤務が多かった。 第3水雷戦隊から軍務局第1課をへて、イギリス駐在。'29(S4)軍務局第1課長に就任した。'32以降、高雄・日向の各艦長をへて、艦政本部総務部長となり、日中戦争には第7戦隊司令官として参加した。 '38中将、44(S19)3月1日大将。太平洋戦争期には、海軍次官を'44(S19)7月まで満三年間務め、その後、呉鎮守府司令長官、軍事参議官をつとめた。 日米開戦については反対、避戦の立場をとり、嶋田海相に強硬に進言したが、最終的には開戦論に屈服せざるを得なかった。 敗戦後、開戦時の陸・海軍両者の政策担当局長以上のポストにあった六人のうち、東京裁判で五人は逮捕、起訴されたが、澤本のみ除かれた。戦後は元海軍正規将校の団体<水交会>の理事長、同会長となった。

<コンサイス日本人名事典>
<帝国海軍提督総覧(秋田書店)>


 


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