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みやた ゆうた

宮田勇太

みやた ゆうた

1871(明治4.8.29)〜 1937.1.22(昭和12)

明治・大正・昭和期の陸軍軍人(少将)

埋葬場所: 9区 2種 16側

 徳島県出身。1893.7.25(M26)陸軍士官学校卒業(4期)。同期に井上幾太郎(後に大将:12-1-7)、岡田重久(後に中将:21-1-5-1)、谷田繁太郎(後に中将:9-1-2-13)がいる。1894.3.7 工兵少尉に任官。
 1909.8.4 工兵中佐、'11.11.22 工兵第11大隊長を経て、'14.8.10(T3)工兵大佐に進級し、陸地測量部三角科長に補される。'17.8.6 鉄道連隊長、同.8.30 陸軍技術審査部議員を兼ねる。'18.5 鉄道第1連隊長を務める。
 '19.4.15 少将に昇進し、工兵監部付となる。'21.7.20 待命、同.11.1 予備役編入。'30.4.1(S5) 後備役、'34.4.1 退役。脳溢血のため逝去。従4位 勲2等 功4級。享年65歳。

<帝国陸軍将軍総覧>
<日本陸軍将官総覧>
<陸海軍将官人事総覧 (陸軍篇)>


*墓石は和型「宮田家之墓」、裏面「昭和十三年一月 宮田一郎 建之」。左面が墓誌となっているが、墓所右側に新しく墓誌が建つ。墓誌は宮田勇太から刻みが始まる。妻はシン(M39.3.9歿・行年85才)。男児は全員眠る。長男は一郎(S49.3.27歿・行年71才)、二男は二郎(S61.8.23歿・行年79才)、三男は三才で亡くなった三郎、四男は達郎(S30.12.5歿・行年42才)、五男は雅夫(H10.12.24歿・行年78才)。なお二女のトシ(S45.2.17歿・行年60才)も同墓に眠る。


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