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みやけ ふくま

三宅福馬

みやけ ふくま

1883(明治16)〜 1958(昭和33)

明治・大正・昭和期の郵政官僚

埋葬場所: 13区 1種 15側

 1900(M33)高知県第一中学校(追手前高校)を卒業。豊かでなかったため毎月8円の手当が出る東京郵便電信学校に入学、02卒業。 郵便局で働きながら東京外国語学校でロシア語を学び、07文官高等試験に合格。09東京郵便局鉄道郵便課長、翌年には初代東京鉄道郵便局長となり、母校の教官も兼ねる。 同年臨時発電水力調査局の事務官。1913(T2)電気局監理課長。16スイス留学、翌年アメリカに転じ、電気事業の経営について研究し18帰国。多くの役職を歴任し24退官。 1929(S4)冨田幸次郎(9-1-2-17)推薦で台湾総督府交通局逓信部長に就任。日月潭発電計画を完成させ32退官。 山下奉文(16-1-8-6)らの斡旋で満州国国務院法制局長。日本電気協会常務理事・富士飛行機監査役などを経て、49逓信省が郵政省と電気通信省に分かれると電気通信省運営委員会の委員、53郵政省郵務局経営調査室委員となった。
 俳句をよくし橙村と号す。文筆も達者で『日本ゆうびん史随想』など単行本だけで13冊。没後、妻順子、遺族らの手で編まれた伝記『橙村片影』がある。

<高知県人名事典>


 


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