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みうら かずお

三浦一雄

みうら かずお

1896(明治29)〜 1963.1.30(昭和38)

昭和期の政治家

埋葬場所: 22区 1種 135側

 青森県出身。東京帝国大学卒業。学生時代に吉野作造(8-1-13-18)の新人会に対抗し、上杉愼吉(3-1-3-9)を中心に天野辰夫らが東大に組織した全日本興国同志会に入会。 主要メンバーのなかに、岸信介、太田耕造(22-1-44-17)、南条徳男、蓑田胸喜、笠木良明らがいた。 1920(T9)東大助教授の森戸辰男がロシアのナロードニキ的社会主義者クロポトキンの思想を発表したことが朝憲紊乱であるとされ、休職に追い込まれ起訴された『森戸事件』をきっかけとし、岸が上杉愼吉に見切りをつけ脱会したことにより、組織は分裂した。
 三浦は大学卒業後、農林省に入り、農林次官で退官。1944(S19)小磯内閣の法務局長官、内閣書記官長、翼賛会企画部長を歴任。 戦後、公職追放されたが、解除後、自由民主党で政界に復帰。'58.6.12(S33)第二次岸信介内閣が組閣した際に、農林大臣として入閣した。改進党政策委員長などを歴任。享年67歳。

<コンサイス日本人名事典など>


*墓石正面『三浦一雄』と刻む。裏面が墓誌となっており、戒名は公正院殿奉譽政道湖東清居士。


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