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みしま みちよし

三島通良

みしま みちよし

1866(慶応2)〜 1925(大正14)

明治・大正期の学校衛生研究者

埋葬場所: 3区 1種 14側 1番

 号は静堂。武蔵国入間郡(埼玉県)出身。文部省より学校衛生調査を嘱託され、全国の学校を巡回し、1896(M29)文部省学校衛生主事となり、東京高師教授を兼ねる。 1902医学博士。03〜04欧米に留学し、学校衛生等を研究。05退官し、三島医院を開業するが11廃業し、学校衛生の研究に専念した。学校衛生の生みの親であり、母子衛生法の改良、三島式種痘法の発明なども行なった。

<コンサイス日本人名事典>


*通良の養子は、三島徳七で冶金学者として尽力した。


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