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まつもと たきぞう

松本瀧蔵

まつもと たきぞう

1901.3.20(明治34)〜 1958.11.2(昭和33)

昭和期の政治家

埋葬場所: 16区 1種 19側

 広島県出身。1930(S5)明治大学商学部、'38ハーバード大学院経営科卒。明治大学・日本女子大学各教授、比島国立大学交換教授となる。
 衆議院議員広島県第1区選出(当選5回)。自由民主党所属。片山内閣・第1次岸内閣の外務政務次官、第1次から第3次鳩山内閣の内閣官房副長官となり、フィリピン国との賠償全権委員、ソ連邦との国交正常化全権委員顧問となる。
 またパシフィック・サービス・センター局長、国際文化振興会・日本体育協会各理事、アメリカンフットボール協会長、協同民主党渉外部長、国民協同党政務調査会長・国際部長、国民民主党総務委員・国際局長、改進党宣伝情報副委員長となる。 欧米各国の議会制度視察、次いでサンフランシスコ講和会議に派遣され、また第15回国際オリンピック大会(ヘルシンキ)、第2回アジアオリンピック大会(マニラ)に本部役員として参加。従四位勲二等旭日重光章。

<歴代閣僚と国会議員名鑑>
<MATHU様より情報提供>


墓所

*墓石は洋型「松本家」。墓石の刻みは鳩山一郎の書。左側に墓誌、右側に松本瀧蔵の墓誌碑が建つ。墓誌碑には野球、ゴルフ、アイスクリームなどの絵が刻む。

*妻の松本綾子(1911-1974.2.21 同墓)は明治大学短大で教鞭を取っていた教育者であり、語学が堪能で、GHQへ提出する英文の復活趣意書などを作成するなど活動した。

*2004.7.3(H16)日本アメリカンフットボール協会は功労者としてアメリカンフットボール殿堂入り顕彰者に選出。共にアメリカンフットボールの誕生と発展に寄与した小川徳治(22-1-12)も殿堂入りした。 また、アメリカンフットボールの審判組織の功労者である安藤信和(ご健在:父 安藤信昭 10-1-4)も同じくして殿堂入りしている。


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