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こうもと かめこ

河本香芽子

こうもと かめこ

1866.8.22(慶応2)〜 1956.5.30(昭和31)

明治・大正・昭和期のキリスト教伝道者

埋葬場所: 9区 1種 3側 8番

 但馬国(兵庫)出石出身。植松左武郎・歌子の三女。母は正教会信者。6歳で同郷の洋学者加藤正矩の養女となり、1884(M17)近代眼科の父である河本重次郎(同墓)と結婚。 夫の留学中、養父母とともに盛岡に住み、宣教師E.R.ミラー夫妻の感化をうけ、1888(M21)盛岡(下ノ橋)教会で三浦徹から受洗。夫の帰国前の数ヶ月間明治女学校に通った。
 帰国した夫が受洗に反対したため約10年間教会から遠ざかったが、のち植村正久(1-1-1-8)の一番町教会の会員となり、1907頃には教会婦人会主催の家庭夏期学校のためよく働いた。 また毎週家庭集会を開き、40名以上も集まることがあった。夫も次第に理解を示すようになり、晩年受洗した。
 当時の富士見町教会の学生会員、佐藤繁彦、征矢野晃雄、高倉徳太郎、斎藤勇らが共同生活をしていた山上寮のためにもよく尽した。 植村正久によって日本基督教会婦人伝道会が創設されると理事、のち社長をつとめた。 1921(T10)日本基督教会最初の最初の女性長老の一人に選ばれ、1927(S2)信濃町教会に転会してからも長老を務めた。

<日本キリスト教歴史大事典>
<MATSU様より情報提供>


*信濃町教会会員墓は多磨霊園11区1種16側17番にあり、そこには詩人の石原吉郎らが眠る。


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