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こんどう ただよし

近藤忠義

こんどう ただよし

1901.11.10(明治34)〜 1976.4.30(昭和51)

昭和期の国文学者

埋葬場所: 21区 2種 8側

 兵庫県出身。東京帝国大学卒業。国文学者の藤村作(20-1-16)を師と仰ぎ、藤村の娘の宮子(同墓)と結婚。
 東京音楽学校講師を経て、1934(S9)法政大学教授。唯物史観の立場から近世文学を研究。'37『日本文学原論』を刊行。 この本は思想的立場と内容ゆえに岳父の藤村作の名前で上梓された。歴史的・社会的な文芸学は歴史社会学派として継承発展していき、近藤はその中核的な存在として注目された。 戦後、日本文学協会を設立し初代委員長。'66新設の和光大学に移り教授。'76同大学を退職した4月に死去した。享年74歳。主な著書に『近世文学論』など。
 妻の近藤宮子は「チューリップ」「こいのぼり」の唱歌作詞家。長男の近藤創は赤旗編集部記者で長らく作者不詳とされていた「チューリップ」等の作詞が母親であることを公表した人物である。

<講談社日本人名大辞典など>


*洋型の墓石に「近藤の人々の墓」と刻む。裏面は墓誌となり近藤忠義の名が刻むが、その後(妻の宮子など)の刻みがない。


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