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きし かずた

岸 一太

きし かずた

1875.10.28(明治7)〜 1937.5.8(昭和12)

明治・大正・昭和期の医師、赤羽飛行場所長(つるぎ号)

埋葬場所: 1区 1種 1側 5番

 岡山県出身。岸熊三郎の長男として生れる。1897(M30)岡山医学専門学校を出てドイツに遊学し、耳鼻咽喉科を修める。 1906(M39)7月医学博士の学位を受ける。東京築地で開業。'15(T4)自ら開発した発動機にモーリス・ファルマンの機体をつけた飛行機「つるぎ号」を製作。 続いて初の国産機「第二つるぎ号」を完成。のち医者を辞め、'31(S6)赤羽航空機製作所を設立するが、事業拡大の失敗などで35(S10)倒産。二年後、失意の中永眠した。 没後61年の歳月を経た1998(H10)第二つるぎ号の試験飛行を撮影した映写フィルムなどが遺族によって国立博物館に寄贈された。

<昭和物故人名録>
<人事興信録>
<『朝日新聞 1998.12.9夕刊』>
<MATSU様より情報提供>


きし かずた

*岸一太墓石の裏面には略歴等が乱雑に刻む。


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