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ふるや つなたけ

古谷綱武

ふるや つなたけ

1908.5.5(明治41)〜 1984.2.12(昭和59)

昭和期の評論家

埋葬場所: 6区 1種 11側

 愛媛県出身。評論家でニュース解説者の古谷綱正は実弟。妻の吉沢久子は生活評論家。父の古谷重綱が外交官だったためロンドンで育つ。1929(S4)成城高中退。 高校では大岡昇平(7-2-13-22)、富永次郎らと同級。早くから谷川徹三に師事する。
 '29大岡、富永、河上徹太郎、中原中也らと同人雑誌『白痴群』を創刊、評論や小説を発表。その後、太宰治、尾崎一雄らとも知り合い、主として新感覚派以後の作家のモラルを論じる評論家の道を歩んだ。 主著『横光利一』『批評文学』『川端康成』(36年)、『文学紀行』(38年)、『才能と誠実』(43年)。戦後は児童文学論、女性論、人生論関係の著書が多い。
 長男の古谷昭綱は京都大学卒業後、TBSに入社し、『8時だョ! 全員集合』のディレクター・プロデューサーを務めた。

<現代日本朝日人物事典>
<五輪塔様より情報提供>


吉沢久子(よしざわ ひさこ)
1918(大正7)〜 ご健在
昭和・平成期の家事評論家
 東京・深川に生まれる。本名は古谷久子。文化学院文科卒業。
 1941(S16)速記者となり、評論家でのち夫となる古谷綱武の秘書をしながら文化学院・東京栄養学院・東京学校で学ぶ。 '51結婚。主婦体験をいかした料理や家事全般の評論家としてマスコミで活躍、家事評論家・デパートの消費者相談員のはしりとなる。 実生活を低く評価する傾向に反発して研究・実践を続けるが、新製品の洪水に受け身の姿勢の主婦達に失望し、'69「"家事評論家"廃業宣言」を書く。夫とともに始めた勉強会の記録誌「むれ」の刊行は現在も続いている。
 「まな板修業」「女の気働き」「私の冠婚葬祭ノート」「花の家事ごよみ」「老いをたのしむ暮らし上手」など著書多数。

<五輪塔様より情報提供>


古谷綱正(ふるや つなまさ)
1912.4.15(明治45)〜1989.5.11(平成1)
昭和期の評論家
 古谷綱武の弟。東京出身。京都帝大卒。1935(S10)東京日日新聞社(現毎日新聞社)にはいる。 学芸部などのデスクをへて'53論説委員となり、コラム「余録」を執筆。 '64退社後はTBSテレビ「ニュースコープ」のキャスターをつとめた。'75日本記者クラブ賞。享年77歳。 著作に「保守党政治の周辺」などがある。


*広い墓所に洋型の墓石がぽつりと一基のみ建つ。周囲に木などもない。弟の古谷綱正の名前は、墓石裏面の墓誌欄に刻まれていない。


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