歴史が眠る多磨霊園 |
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廣田理太郎 | |
ひろた りたろう | |
1865(慶応1)〜 1935.9.2(昭和10) | |
明治・大正・昭和期の電気工学者 | |
埋葬場所: 14区 1種 9側 1番 | |
広島出身。広島県士族の廣田紋三郎の長男として生れる。廣田家は代々福山藩の勘定役を勤めた。
1886(M19)帝国大学工科大学在学中に和田義睦、田中館愛橘、沢井廉の4人で自転車会を設立。
当時の日本では珍しいオーディナリー型自転車(ダルマ自転車:前輪が大きく後輪が小さい自転車)をお金を出し合い購入した。
翌年卒業し、第一絹紡績会社技師となる。その後、尾小屋鉱山技師に転じ、1894高田商会に入り事務長・監事となる。 <昭和物故人名録> *墓石は和型。正面に「廣田理太郎之墓 / 妻 敏子之墓」と刻む。右面に没年月日と享年。 | |
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