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はるき なんめい

春木南溟

はるき なんめい

1795(寛政7)〜 1878.12.12(明治11)

江戸後期・幕末期の画家

埋葬場所: 5区 2種 18側 16番

 江戸出身。画家の春木南湖の嗣子長男。名は秀熙、のちに龍。字(あざな)を敬一、のちに子緝。通称は卯之助。南溟は号。別号に耕雲漁者、呑山楼などがある。
 父の画法をついで山水・花鳥画を得意とした。1877(M10)第1回内国勧業博覧会に『日光霧降滝図』を出品。享年83歳。
 弟は春木西湖、子は春木南華、孫は春木南渓、曾孫は春木南江。全員画家として活躍しており、弟の西湖以外は全員同墓所に眠る。 また南溟の妻は、振付師の市山七十郎の娘で、「才色で南溟と相思久しく遂に之を迎ふ」と書かれた書物あり。南溟より先に没したが、南溟は後妻を娶らなかった。

<講談社日本人名大辞典など>
<東京掃苔録 藤波和子>


1998年撮影 2011年撮影
墓誌がない時の墓所全体写真
(1998年撮影)
現在の墓所全体写真
(2011年撮影)


*浅草幡随院の智白院に葬られたが、後に多磨霊園に改葬。

*正面に「南湖春木先生出墓」(春木南湖)があり、その右手側に「南溟老人墓」(春木南溟)と墓誌が建つ。 南溟墓の裏面には「老人名龍 春木為氏 増山侯臣 畫 伯丗仕 / 明治戊寅 除月中二 是完天壽 八旬有四 / 大槻如寛 書 / 孫 南渓鴎建」(鴎は旧漢字)と刻む。 正面左手側に右から「南華居士之墓」(春木南華)、「南渓画伯墓」(春木南渓)が並んで建つ。当初、墓誌がない時は、墓誌の位置に「南華居士之墓」(春木南華)の墓石が建っていた。 墓誌には春木家歴代墓誌とあり、南湖、南溟、南華、南渓の他に、春木南江(平成二年十一月十五日 九十五歳)や赤字(生前刻)春木正南の名前が刻む。なお、南溟は行年八十四歳と刻む。


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