東京都生まれ。陸軍大将の後宮淳(同墓)の長男。1937(S12)東大卒。 外務省に入りアジア局長、オランダ、タイ、韓国駐在大使を歴任。'62〜'66アジア局長、当時は日韓国交正常化交渉を担当、 椎名悦三郎外相を助け朝鮮半島における韓国の管轄権や朝鮮併合に関する旧条約の処理など対立点の打開にあたった。 また'72〜'75駐韓大使時代は金大中拉致事件(73年)や文世光事件(74年の朴正熙大統領夫妻狙撃事件) で緊張した日韓関係の政治決着をはかるなど、日韓外交の重要な脇役を演じた。享年78歳。
<現代日本朝日人物事典><五輪塔様より情報提供>
*墓所には正面「後宮家」の洋型墓石が建ち、そのすぐ左隣りに第26師団将校一同から贈られた後宮淳陸軍大将の像。 その手前に戦死した後宮二郎(陸軍歩兵少尉)の墓石が建つ。 正面右側には墓誌があり、後宮虎郎の刻を見ることができる。
後宮 淳