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うしじま よしとも

牛島義友

うしじま よしとも

1906.1.19(明治39)〜 1999.8.20(平成11)

昭和期の教育心理学者

埋葬場所: 25区 1種 25側

 長崎県長崎市出身。日本聖公会九州教区司祭の牛島惣太郎(同墓)の3男。地質学者の牛島信義(同墓)は弟。
 福岡県立中学修猷館、旧制福岡高等学校文科乙類を経て、1928(S3)東京帝国大学文学部心理学科卒業。専門は発達心理学、教育心理学、障害児教育を専門とした心理学者。
 立教大学文学部教授、東京女子高等師範学校教授をつとめ、戦後の校名変更でお茶の水女子大学となっても引き続き教授を務めた。'49 愛育幼稚園園長、'51 九州大学教育学部教授、恩賜財団母子愛育会愛育研究所教養部長、'53「精神発達の規準に関する研究」で日本大学より文学博士の学位を取得。
 日本グループ・ダイナミックス学会会長、日本心理学会理事、教育心理学理事、教育と医学の会会長などを歴任。'61 知的障害者の終生養護施設である御殿場コロニーを創設し、障害児教育に障害を捧げた。'70 九州大学を停年退官し名誉教授。その後は青山学院大学文学部教授となり、'77 退官。
 戦前戦後にかけて教育心理学の先駆的な活躍をし、問題児と非行少年、家庭教育と人間形成など日本の青年における自我意識と社会意識の研究を行い、「牛島青年心理学」と称された。重度発達障害児の指導カリキュラムをつくるなど、障害児教育への道程を示した。
 主な著書に『青年の心理』(1940)、『時局下青少年の性格教育』(1941)、『愛育の玩具』『信仰と教育』『女子の心理』(1943)、『青少年の心理と指導』(1944)、『農村児童の心理』(1946)、『教育のための標準検査』、『青年の心理と指導』(1949)、『小学生の心理』(1952)、『女の心理』、『家族関係の心理』、『青年心理学入門』(1955)、『小学生の心理』(1957)、『青年の心理と生活』(1959)、『家庭教育と人間形成』(1964)など多数ある。『教育心理学新辞典』など共著の他、論文も多数。
 教育心理学と障害児教育に偉大な足跡を残し、後世の研究家らのバイブルとされる。享年93歳。没後、2001(H13)本人の著作として、代表な評論や未刊行遺稿(自伝とエッセイ)を集成した『教育愛 −心理学から障害児教育への道程−』が刊行された。また安藤延男の監修で『牛島義友著作選集』全5巻(2010)が出版されている。

<日本心理学者事典>
<著者略歴など>


墓所

*墓石は洋型十字架を刻み「牛島家之墓」。墓石を挟んで左右に墓誌が建つ。左側の墓誌は牛島惣太郎から刻みが始まる。行年は78才と刻む。妻は胡蝶(S37.1.10・86才)。牛島惣太郎と妻の胡蝶は再婚同士でそれぞれ連れ子がいた。胡蝶の左隣に刻む正宗栄(S58.11.29・79才)は二人が結婚してからの子である(胡蝶の連れ子の愛子、好子、トヨは刻みがないため嫁いだと思われる)。牛島惣太郎の子も同墓に眠り、32才で早死した長男の牛島義徳(S4.8.9・32才:二男の刻みがない)、3男で教育心理学者の牛島義友、義友の妻の道子(H17.6.8・84才)が刻む。右側の墓誌には牛島惣太郎の4男で地質学者の牛島信義から刻みから始まり、信義の妻の瑞枝子(1997.11.17・84才)、信義の著作の監修を務めた村井みどり(2009.6.5・59才)、牛島朝子(2018.4.2・78才)が刻む。


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