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おの あきまさ

小野鑑正

おの あきまさ

1882.10.27(明治15)〜 1978.3.6(昭和53)

明治・大正・昭和期の
機械工学者、応用力学者

埋葬場所: 10区 1種 4側

 東京出身。父は機械工業界の基礎を築いた機械技術者の小野正作(1851-1942)、次男として生まれる。兄の職造が早死したため嫡男となる。弟の小野正三は川西航空機技師を務めた。妹が嫁いだ景山齊(16-1-3-6)は国会議事堂設計者で八幡製鐵所所長などを務めた機械技術者。なお、景山とは大学時代の同期生である。
 京都帝国大学機械工学科卒業。二年間の欧米に留学後、1911(M44)九州帝国大学工科大学教授。'36(S11)東京帝国大学航空工学科教授。金属材料の疲労強度を研究し、あたらしい疲労強度試験器を完成させた。
 日本機械学会会長などを歴任し、航空工学の権威。'42.2.14勲一等瑞宝章受章。'60文化功労者。著作に『鋳物ノ強サ及一般性質』('20)、『材料力学』('22)、『金属の強さ』('24)などがある。享年95歳。

<日本人名大辞典>
<新潮日本人名辞典>
<講談社日本人名大辞典など>


墓所

*墓所入口に、左側に「小野家墓所」の石柱、右側に「田邉家墓所」の石柱が建つ。正面に何も刻まれていない寝石、線香立が二つあり、小野家と田邉家と刻みあり。右側に墓誌がある。墓誌に勲一等瑞宝章と刻む。


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