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おがわ いわお

小川岩雄

おがわ いわお

1921.8.12(大正10)〜 2006.6.13(平成18)

昭和・平成期の核物理学者

埋葬場所: 19区 1種 7側

 東京都出身。父方祖父は京都帝国大学工科教授を務めた工学博士の小川梅三郎(同墓)、父は電気工学者の小川一清(同墓)。母方祖父は地質学者の小川琢治。 母の香代(同墓)の弟(叔父)たちには、小川芳樹(冶金学者・東大教授)、貝塚茂樹(東洋史学者・京大名誉教授、文化勲章受章)、湯川秀樹(理論物理学者・ノーベル賞受章)、小川環樹(中国文学者・京大名誉教授)らがいる。
 1943(S18)東京帝国大学理学部物理学科卒業し、海軍兵学校教官となる。海軍兵学校教官時代は広島の江田島で教えており、原爆投下を目撃した。この経験が、後に核物理学者の使命として反核兵器を貫く動機となる。
 戦後は母校の東京大学助教授を経て、'63(S38)立教大学教授となる。この間、'57第1回パグウォッシュ科学者会議に叔父の湯川秀樹、朝永振一郎(22-1-38-5)らとともに出席。 それ以降十数度にわたり同会議へ参加し、核廃絶運動・原水爆禁止運動に携わった。'60原子力研究所長。立教大学では「核問題概論」という人文・社会・自然科学に渡るテーマを正規科目として開講した。
 主な著書に『原子と原子核』『放射線』『原爆投下と科学者』など。立教大学名誉教授。肺がんのため東京都練馬区の病院で逝去。享年84歳。葬儀・告別式は妙福寺で営まれた。

<講談社日本人名大辞典>
<訃報記事など>


墓所

*墓所は正面和型「小川梅三郎 / 室 志摩 之墓」。右側に和型「小川家之墓」。墓石の真ん中に墓誌がある。墓誌には小川一清、一清の妻の香代、小川岩雄、岩雄の妻の郁子が並んで刻む。戒名はない。


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