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いしばし しょうじろう

石橋正二郎

いしばし しょうじろう

1889(明治22)〜  1976(昭和51)

昭和期の実業家(ブリヂストン創業者)

埋葬場所: 9区 1種 7側 2番

 家業の足袋製造業を営んでいたが、1923(T12)地下足袋を発明するなどしてしだいに事業を拡大し、 ゴム業界のトップメーカーとして石橋財閥を築き上げた。
 1931(S6) 福岡県久留米市に「ブリッヂストンタイヤ株式会社」を設立社長・石橋正二郎、資本金100万円。 タイヤ販売に品質責任保証制を採用 42太平洋戦争にともない、社名を「日本タイヤ株式会社」に変更本社を東京・京橋に移転。 45終戦により海外資産の一切を失う(終戦時海外生産会社:満州合成ゴム工業、満州ゴム化学工業、青島ゴム工業、 台湾ゴム、朝鮮タイヤ工業など) 48基礎研究、技術開発を目的に久留米工場構内に研究所新設51社名を 「ブリヂストンタイヤ株式会社」に復旧。
 東西の美術品を収集し、52ブリヂストン美術館を開設した。また日経連・経団連常任理事なども務めた。

<コンサイス日本人名事典>


碑

*石橋の石(ストーン)と橋(ブリッヂ)を逆さから読み、それを社名とした「ブリヂストン」は有名。

*墓所内は広大な面積を誇り、正面に墓石、右手に墓誌が建つ。
内部は芝生に覆われている。墓石の裏面には正二郎と妻の略歴が刻まれ、 墓誌に正二郎と幹一郎の名を確認することができる。

*正二郎の妻であり、幹一郎の母である石橋昌子は、社会事業に心を注ぎ、久留米に母子寮を建設し、 また日本ユニセフ協会の設立に参画し、終始その活動に尽瘁した。


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