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いしばし まさこ

石橋昌子

いしばし まさこ

1896.9.22(明治29)〜 1953.11.10(昭和28)

大正・昭和期の社会事業家

埋葬場所: 9区 1種 7側 2番

 博多蔵本町の太田惣三郎の長女として出生。1917(T6)5月、石橋正二郎(同墓)と結婚。 正二郎が兄の徳次郎と協力して1932(S7)日本足袋会社を創設、'35その二代社長となり、 翌年3月にブリヂストンタイヤ会社を創立し、ゴムタイヤの世界の王者となるについては、昌子の内助の功はなはだ大であった。 夫の業を内助すると共に、一男三女の養育に心を砕いたが、その才は短歌・俳句・随筆をよくし、かつ茶道・音曲の道にも達していた。
 晩年は社会事業に心を注ぎ、久留米に母子寮を建設し、また日本ユニセフ協会の設立に参画し、終始その活動に尽瘁した。 長男の幹一郎(同墓)がブリジストンを継ぎ、娘の安子は衆院議員で民主党元代表の鳩山由紀夫、自民党の鳩山邦夫両氏の母となった。

<久留米人物史90頁>
<五輪塔様より情報提供>


碑

*墓所内の墓石は夫の正二郎と同じ墓石に名が刻み、その裏面に簡略歴が刻む。 また、息子の幹一郎(ブリジストン二代目)も同墓所内に墓石が建つ。墓誌もある。

*石橋家の系図を紹介する。正二郎と昌子の子である石橋幹一郎の妻は三井合名会社理事長の男爵の団琢磨の孫、 プリンス自動車社長の団伊能の娘、作曲家の団伊玖磨の妹である朗子である。 正二郎と昌子の娘の安子は外相で大蔵次官を務めた鳩山威一郎の妻。 威一郎の父は首相を歴任した鳩山一郎、祖父は衆議院議長を務めた鳩山和夫。 安子と威一郎の息子は民主党の鳩山由紀夫と自民党の鳩山邦夫で、鳩山邦夫の妻は元モデル・タレントの高見エミリー。 高見エミリーの妹の理沙は石橋幹一郎と朗子の子で、ブリジストン監査役の石橋寛に嫁いでいる。


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