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いおぎ りょうぞう

五百木良三

いおぎ りょうぞう

1870(明治3)〜 1937.6.14(昭和12)

明治・大正・昭和期のジャーナリスト、俳人

埋葬場所: 10区 2種 7側

 松山(愛媛県)出身。号は飄亭。
 郷里で漢学を学び、1893(M26)新聞『小日本』に入り、1895新聞『日本』に入社。1900近衛篤麿の国民同盟会に参加し、同会の機関誌『東洋』の編集に協力。 1901『日本』に復社し、編集長となる。1903対露同志会に参加し、1905日比谷でポーツマス講和条約に反対する国民大会を河野広中らと開く。 1928(S3)大アジア主義を唱えて雑誌『日本及日本人』の政教社社主となった。1930ロンドン海軍軍縮条約反対運動、1935国体明徴運動に参加した。 また俳人として、同郷の正岡子規と交友があった。

<コンサイス日本人名事典>
<朝日日本歴史人物事典105頁>
<五輪塔様より情報提供>


 


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