今井樟太郎

　和歌山出身。1887(M20)神戸の播磨商店に入る。翌年、洗礼を受けキリスト教に入信。1896.12(M29) 大阪市に合資会社永廣堂を設立、石鹸製造及び香料輸入業を開始した。しかし同僚の失敗で大きな借財を背負い、独力で再建に取り組むことになる。
　今井は日本組合基督教会天満教会の信者であり、1900.7(M33) 無教会の内村鑑三(8-1-16-29)主筆の『東京独立雑誌』が廃刊されたときは同情の手紙を送るほど愛読者であった。内村に送った手紙には「数年来先生の著書により益を蒙りつつあるものなり。これに対し深く感謝す。これらを通して、先生の為人を想像し、衷心より先生を敬す」と記した。この手紙を読んだ内村はとても励まされ、その後、発刊する「聖書之研究」第1号にその手紙の文章を掲載し感動を伝えている。
　同.9 京都で行われた内村の講演会に出席し視聴。その際、内村と対面を果たす。この出会いは事業が苦境であった今井と廃刊の憂き目にあっていた内村は双方が励みになる。この時、今井は30歳、内村は39歳であった。今井は益々内村を師事するようになり、内村の教えのもと、事業に邁進していると、事業が好転。5年後には努力の甲斐があり借金を完済した。'05.4 東京日本橋に東京支店を開設し、大阪店を永廣堂本店と改称した。東京進出した際には内村を訪れ親交を深めた。しかし、翌年、志半ば、脳溢血により36歳の若さで急逝した。享年36歳。
　内村は今井の死を深く悲しみ、「聖書之研究」76号にて「君は屡々余輩の寂寥の中に慰め、又幾回か寂寥の欠乏を補いて本誌の存続を助けたり。余輩の心中に大なる空虚を感ぜずんばあらず。云々」と情感溢れる追悼文を掲載した。また内村は亡き今井のために、「馨しき人ありたり、馨しき業に従事し、馨しき生涯を送れり、茲に馨しき記念を留む。」との墓碑銘を書いた。
　没翌年、'07 今井樟太郎の遺稿をもとに我国初の香料についての解説書（香料案内）が発刊された。また同年、天満教会で今井の記念会が開かれた。この記念会にて内村は「友好の秘儀」と題した講演を行った。これに感動した未亡人の信子（同墓）は内村に1,000円の寄付を送った。明治40年の1円は現在の価格価値でおよそ2万円くらいであるため、寄付した1,000円は現在の価値で約2,000万円である。内村はこの寄付金をもとに、東京府豊多摩郡淀橋町柏木（東京都新宿区）の自邸に聖書講義のための会場（8畳と6畳の2間）を建設した。'08.6 「聖書之研究」第100号の記念を兼ね、開所式を行う。この建物は「今井館」と呼ばれるようになった（今井館聖書講堂）。今井館誕生により角筈聖書研究会にも余裕が生じて、「聖書之研究」の1年以上の購読者には出席が認められるようになる。以降、今井館は内村の無教会派の拠点として重要な施設となった。
　なお内村の死後、今井館は都市計画による道路拡張工事に伴い教友会が譲り受け、現在の目黒区中根に移築。戦後は内村に学んだ後の東大総長の矢内原忠雄(2-2-1-19)もここで集会を行うなど、さまざまな交流の拠点として活用された。'86(S61)増築した新館に今井館図書資料センター(資料館別館)が設置され、2003(H15)今井館資料館が新設された。

＜日本キリスト教歴史大事典＞
＜「創業者 今井樟太郎と今井館聖書講堂について」株式会社永廣堂本店HP＞

＊墓所には二基建つ。右が和型十字架に「今井樟太郎 / 今井信子　墓」。右面「樟 明治三十九年六月五日昇天 / 信 昭和十七年十二月廿九日昇天」。裏面「昭和十八年十二月廿九日 二代 信行」と刻む。左に洋型「中塚家」、右面「平成四年六月 中塚芳 建之」。墓所左に墓誌が建ち、中塚一郎(6才没)、中塚常三郎(H4.3.20・90才)、小尻孝子(H18.3.19・69才)、中塚芳(H19.12.6・95才)が刻む。

＊今井樟太郎が亡くなった時にはまだ多磨霊園は開園をしていないため、別に墓があったと思われる。妻の信子が亡くなった一周忌に墓石を息子で永廣堂3代目社長の今井信行が建てた。中塚家は孫娘（信行の娘）の芳の嫁ぎ先であろうと推測する。師の内村鑑三は1930(S5)に亡くなり最初は雑司ケ谷の墓地にて埋骨されたが、1932.3.16(S7)多磨霊園に改葬している。信子の没をきっかけに今井樟太郎の墓所も同じ師の霊園にと多磨霊園に改葬したのであろうか。

＊今井樟太郎が創立した永廣堂は今の子孫代々が香りの専門メーカーとして発展させ、2024.12(R6)創業128年。なお、現在(R6)永廣堂の代表取締役会長は今井俊郎、代表取締役社長は今井章太郎。

内村鑑三、 矢内原忠雄