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あらい きよし

荒井 清

あらい きよし

1929.8.23(昭和4)〜 1992.7.24(平成4)

昭和期の産婦人科教授

埋葬場所: 11区 1種 3側

 東京都出身。父は医学物療内科学者の荒井實(1890-1934)・母はカズ(1902-1985)(共に同墓)の次男として生れる。1948.8.6(S23)中野教会にて受洗。
 '53東京大学医学部医学科卒業。'54東京大学産科婦人科入局。東京大学大学院医学研究科産婦人科学専攻博士課程修了。'58東京大学助手となり、'60米国留学、'63帰国。'64東京大学講師を経て、'68東京警察病院婦人科医長に就任。'71帝京大学医学部第二産婦人科教授。ドイツに習い、検診・診断・治療までの一貫したカリキュラムをはじめて産婦人科教室に組み込み、わが国の産婦人科医における系統的な乳がん診療を導入した。62歳で召天。没後、'92.8 正6位 勲4等瑞宝章を追叙勲された。

<現代物故者事典1991-1993>
<墓所内「荒井清略歴」>


*墓石正面は「荒井實之墓」、裏面「昭和九年七月廿五日就眠」。右面に「彼は死ねれとも 信仰によりて 今なほ語る」とあり、左面に「静けさの池に若葉のちるもある 百瀬一一」と刻む。百瀬一一(12-1-7)は百瀬結核研究所所長の医師。百瀬一一の長女のカズが荒井實が嫁いだため、清にとっては百瀬一一は祖父、カズは母。

*墓所内には十字が刻む墓誌があり「我らの国籍は天に在り」と刻む。墓誌には、實の妻のカズ(1985.11.25召天・83才)、次男で産婦人科教授の荒井清、荒井正(2009.12.30・83才)が刻む。また「荒井清略歴」と刻む墓誌碑が建つ。妻は真理子(S34結婚。旧姓小川)。


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