旧苗は興水。 穴水家の養子となり実家を継いだが、志は中央にあったので、山梨より上京して財界に入る。 多年の刻苦と努力を重ね遂に目的を達し大日本電力株式会社社長となった。 更に京王電気軌道株式会社(現京王帝都電気の前身)社長となり、 その経営した事業は二十数社に及んだ。
<墓所内「遷墓の記」より>
*多磨霊園碑石形像として穴水熊雄記念碑を10区に建立される 予定であった情報を入手した。昭和15年2月29日、市民収第534号 の許可を得ることができ、面積56平方メートル、永代使用料1400円 で、後は完成を待つのみであったらしい。しかし、昭和20年2月21日に、 碑石建立作業を行なう予定であった、よしの家石材等、戦争悪化の ため建立が困難になり、断念が決定された。使用許可を受けていな がらにして建立することができなかった、まぼろしの碑である。 墓所内に「遷墓の記」が刻む。
穴水熊雄記念碑