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となりでトロトロ

その25  「思う」君が君自身 「やった」ことが君の力

2006年度  26枚目 最後の手紙  2007/03/20

■ 出会った意味を噛み締めて

1年間、この教室で君から様々なことを学ばせてもらったことを感謝します。そして、それに見合うだけのものを君に手渡せなかった僕の非力を謝ります。そんな思いで、君宛ての詩と文章を贈ります。これが今の僕の、君への精一杯の励ましです。2年1組の保護者の皆様、様々なご支援ご助言ありがとうございました。

下の文章は、図書委員さんが図書館に提出してくれた「読書会のまとめ」に対する「担任所見」に言葉を補った文章です。

「読みたくもない本を無理やり読まされ、読まない人が多いまま進める読書会など無意味だから止めればいい」という意見を受け取った僕は、君がこの教室で最後に取り組んだ行事に何かしらの意味を見付けたくって、長々と書きました。

それはまた、同じ時代や社会を生きる大人への批判であり、僕自身への自戒でもあります。

余計な御世話でウザイだけ≠ゥもしれませんが、読書や読書会という言葉を「人生」や「学校」に、本や作品を「人」に置き換えて、最後まで読んでくれれば幸いです。


     分相応の幸せを


 君への別れを告げるため

 “Good-by”と書きかけて

 Goodの中のGodに気付いた。

 GoodとGodの違いは0
(ゼロ)一つ

 足しても引いても変わらない。


 そういえば、「幸」の中の「辛」に気付き

 幸
(さいわい)と辛(つらさ)とを分ける「一」が何かを問うた詩人がいた。

       幸いの中の人知れぬさ辛さ

       そして時に

       辛さを忘れている幸い

       何が満たされて幸いになり

       何が足らなくて辛いのか

                           ―― 吉野  弘

 でも、足らないから辛いとばかりは限らない

    苦しくても夢は追いかけている間が一番楽しい。

 満たされているから幸せだといえるだろうか

     失うことの恐れに縛りつけられる私本来の自由。

 辛さを忘れた幸いなどほしくもない

     痛みを共感できなくなったら、それはすでに人でなし。


 どうせなら、“しあわせ”は皺
(しわ)と汗(あせ)でできていると思いたい。

 掻いた君の汗(あせ)の分、刻んだ君の皺(しわの分、

 君に幸あれ。    然様
(さよう)なら


「死」が縁遠い人にとって、宮澤賢治が命を削って描いた『銀河鉄道の夜』は理解しづらい世界だったでしょう。だからこそ、ちゃんと作品と向き合って作品の良さにちゃんと気付いた人、それをちゃんと人と向き合ってちゃんと語り合いたいと思っていた人にとっては、残念な読書会だったでしょう。

はじめから「おもしろい本」があるのではなく、「本のおもしろさ」を見つけるのが読書の楽しみです。その本に「読む意味がある」から読むのではなく、そこに書かれていることの「意味を見つける」ために読むのでしょう。


「親しいから人と話すのではなく、親しくなるために人と話す」。この理屈が通用しないところでは、よい読書会は成立しにくいでしょう。自分と異質なものとの出会いによる刺激を楽しむには、自分と異質なものをしっかり受けとめる心の器(うつわ)=心のゆとりが必要です。それを育てない限り、異質なものは単なる「異物」でしかなく、それは攻撃や排除、あるいは蔑視や無視の対象にしかならないでしょう。

作品との関わりを避けている限り、そのものが宿している価値(メリット)に気付くことはできません。作品との関わりは、時に「今までの自分」を揺るがせ、「違った自分」に変わっていくことを迫ります。他者からの働きかけによる自己の変化や、それに対する不安を「楽しさとして受容」できるか、「おびえて排除」しようとするのか

。目の前に「ある」ものを「ない」ものとしてやり過ごそうとする人には、眼の前に「ない」ものを想像して「見つけ出す」ことは難しいでしょう。よい読書ができる人、読書会を楽しめる人は、その難しさを乗り越えた人なのだと思います。

「よい読書会を実現するためには、人(登場人物、作者、読者)が互いにちゃんと向き合うことのできる力を育てることが必要なのだ」ということがはっきり分かったこと。それが最後の読書会で得られた一番の収穫だったのではないでしょうか。

■ とことん考え抜く、信念を持って行動する


高校最後の年を迎える春休み、自分が大切に育てるべきものは何か、自分と社会との接点は何処か、そんなことをじっくり考える時間を持ってみたくはないですか。君が今、そしてこれから、不安や焦り、虚無や怠惰を乗り越えながら様々な課題と格闘していく上で、きっと手助けになると思う本を2冊、最後に紹介してペンを置きます。

『14歳からの哲学――考えるための教科書』 
                                
池田晶子著  トランスビュー  2003-03-20刊

最後の読書会の翌日2007年2月23日、哲学者の池田晶子(あきこ)さんが腎臓ガンで亡くなりました。46歳の若さでした。この一冊は、考えることの大切さや意味を考えさせてくれる優れた作品で、第3章は「17歳からの哲学」になっています。

「みんな『良く生きる』ことを考えようと思っていますが、そもそもその『生きる』ということがどういうことか、分かっているのか。哲学は『生きる』ことが謎だというところから問いかけるわけです。『考えれば得をする』と思っている方も多いかもしれませんが、それは間違いです。考えることは、世の中の損得とは全く別のこと。考えることで、本人は納得と確信を持って人生を生きられるわけですから、それが最も重要なんです」

こういう彼女の考えに興味を持った人は、「COMZINE by nttコムウェア」のウェブページ、http://www.nttcom.co.jp/comzine/no011/wise/index.html ものぞいてください。

『釜ヶ崎と福音――神は貧しくされた者と共に』
                                  
本田哲郎著  岩波書店  2006-03-28刊

本田哲郎(てつろう)さんは1942年生まれ。上智大学やローマ教皇庁立聖書研究所を卒業後、大阪の釜ケ崎に住み、日雇い労働者の暮らしや言葉に学びつつ、聖書を読み直し、社会の底辺で暮らす人々を支える活動に取り組んでいるカトリックの神父です。


「他者への「痛みの共感」を深めるに大事なのは、自分の人生の中で 極度に落ち込んだり、つらかったりした体験を思い起こして、その時に自分は何が見えただろうとか、本当に支えになってくれたのは誰だっただろう、というかかわりの本質のようなものを丁寧に受け止め直す努力をしてみること。自分が経験した数倍、数十倍の思いをこの人たちはしているということが分かれば、何をなすべきか、何をしてはならないかということが見えてくる。自分の中の負の部分をしっかりと受け止める勇気を持つことが、ある意味で痛みの共感・共有につながるのではないでしょうか。」


こうした信念で生きている彼の言葉は、「中外日報」のウェブページ「痛みの共感から真の連帯へ」http://www.chugainippoh.co.jp/NEWWEB/n-interviews/Nint/n-d060909.htmでも知ることができます。

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となりでトロトロ

その24  秒速30万qで遠ざかる過去

2006年度 25枚目 2007/02/21

■ 深い闇に眼を凝らし、自分の姿を探り出す

明日のHRは、このクラスで取り組む最後の行事、今年度2回目のHR読書会です。新潮文庫の
『新編 銀河鉄道の夜』を囲んだ40人で、どんな対話ができるでしょうか。

良い読書会になるよう、
小森陽一『ことばの力 平和の力―近代日本文学と日本国憲法』(かもがわ出版)の第3章「宮澤賢治−〈正義の戦争〉はあるのか」と、宮澤賢治の詩『青森挽歌』を抜粋して紹介します。

真剣に誰かの死と向き合うことは、誠実に自分の生と向き合うことだと思いませんか?


P129

 宇宙の光になったトシ

宮澤賢治は『春と修羅』という詩集を『注文の多い料理店』と同じ時期に出したのですが、『春と修羅』の一つひとつの詩にもやはり日付が記されています。その日付を追っていくと、最愛の妹トシが亡くなって『永訣の朝』が書かれた後の半年間、いっさい詩が書かれていないことがわかります。そして、半年後にっ書かれた『オホーツク挽歌』、『青森挽歌』といったトシの死を悼む詩は、みな夜汽車をテーマにしています。宮澤賢治にとって、『銀河鉄道の夜』に結実する夜汽車という主題はいったい何なのかが、星を見るということとのかかわりで浮かび上がってくると思います。


どういうことか。妹トシが死んだ後、賢治はトシの姿を花巻ではっきり見るのです。しかしそのことを誰に言っても伝わらない。みんなが幻想だ、気が違ったという。本当に幻想なのかどうかを賢治は自らに問い詰めていく。

賢治にとって何事かを見るということはどういうことなのか、そういう根本問題が現れてきます。夜汽車のなかで自分が妹の姿を目にしたことははたして本当だったのか幻だったのか、か、そのことを問うたのが夜汽車を主題にした詩『オホーツク挽歌』、『青森挽歌』です。なぜそれが星を見ることとかかわりがあるのでしょうか。(中略)

望遠鏡というのは私たちの網膜を大きくしたものといえます。何が見えるか見えないかというのは、私たちの目の網膜とそこに降ってくる光との量的な関係です。ですから、光を受ける受け皿をどんどん大きくしていけばいろんなものが見えるようになります。(中略)

今度はその逆を考えて下さい。網膜をどんどん大きくしていけば見えないものも見えてくるわけですが、逆に闇をどんどん深くしていくと、ごくわずかな光も見えるはずだという考えになります。だって夜は星の光を見ることができるのですから。これが賢治の考え方です。人間という生きものは酸素を吸って二酸化炭素を吐き出して生きています。ということは、私たちの網膜は赤外線を観ることはできないけれども――最近は赤外線眼鏡なるものが発明されて軍事用に監視されていますが――、生きものはみな燃えている、体熱を発散させているでしょう。するとみなさんは光を放っていることになります。いったん放出した光は宇宙空間をずっと旅を続けますから、みなさんが一生の間に宇宙空間に放出された光は永久に宇宙に存在し続けることになります。

ならば、闇を深くしていけば、なくなった妹トシが宇宙に発散した光を私は見ることができるはずだ、あれは幻想ではないというのが賢治の出した結論です。



  青森挽歌


こんなやみよののはらのなかをゆくときは
客車のまどはみんな水族館の窓になる
   (乾いたでんしんばしらの列が
    せはしく遷つてゐるらしい
    きしやは銀河系の
玲瓏レンズ
    巨きな水素のりんごのなかをかけてゐる)
りんごのなかをはしつてゐる
けれどもここはいつたいどこの停車
だ     (中略)

わたくしの汽車は北へ走つてゐるはずなのに
ここではみなみへかけてゐる
焼杭の柵はあちこち倒れ
はるかに黄いろの地平線
それはビーアの
をよどませ
あやしいよるの 陽炎と
さびしい心意の明滅にまぎれ
水いろ川の水いろ駅
  (おそろしいあの水いろの空虚なのだ)
汽車の逆行は
希求の同時な相反性
こんなさびしい幻想から
わたくしははやく浮びあがらなければならない
そこらは青い孔雀のはねでいつぱい
真鍮の睡さうな脂肪酸にみち
車室の五つの電燈は
いよいよつめたく液化され
  (考へださなければならないことを
   わたくしはいたみやつかれから
   なるべくおもひださうとしない)    (中略)

あいつはこんなさびしい停車場を
たつたひとりで通つていつたらうか
どこへ行くともわからないその方向を
どの種類の世界へはひるともしれないそのみちを
たつたひとりでさびしくあるいて行つたらうか    (中略)

かんがへださなければならないことは
どうしてもかんがへださなければならない
とし子はみんなが死ぬとなづける
そのやりかたを通つて行き
それからさきどこへ行つたかわからない
それはおれたちの空間の方向ではかられない
感ぜられない方向を感じようとするときは
たれだつてみんなぐるぐるする
 (( 耳ごうど鳴つてさつぱり聞けなぐなつたんちやい ))
さう甘えるやうに言つてから
たしかにあいつはじぶんのまはりの
眼にははつきりみえてゐる
なつかしいひとたちの声をきかなかつた
にはかに呼吸がとまり脈がうたなくなり
それからわたくしがはしつて行つたとき
あのきれいな眼が
なにかを索めるやうに空しくうごいてゐた
それはもうわたくしたちの空間を二度と見なかつた
それからあとであいつはなにを感じたらう
それはまだおれたちの世界の幻視をみ
おれたちのせかいの幻聴をきいたらう
わたくしがその耳もとで
遠いところから声をとつてきて
そらや愛やりんごや風 すべての勢力のたのしい根源
万象同帰のそのいみじい生物の名を
ちからいつぱいちからいつぱい叫んだとき
あいつは二へんうなづくやうに息をした
白い尖つたあごや頬がゆすれて
ちひさいときよくおどけたときにしたやうな
あんな偶然な顔つきにみえた
けれどもたしかにうなづいた      (中略)

たしかにあのときはうなづいたのだ
そしてあんなにつぎのあさまで
胸がほとつてゐたくらゐだから
わたくしたちが死んだといつて泣いたあと
とし子はまだまだこの世かいのからだを感じ
ねつやいたみをはなれたほのかなねむりのなかで
ここでみるやうなゆめをみてゐたかもしれない
そしてわたくしはそれらのしづかな夢幻が
つぎのせかいへつゞくため
明るいいゝ匂のするものだつたことを
どんなにねがふかわからない
ほんたうにその夢の中のひとくさりは
かん護とかなしみとにつかれて睡つてゐた
おしげ子たちのあけがたのなかに
ぼんやりとしてはひつてきた
(( 黄いろな花こ おらもとるべがな ))
たしかにとし子はあのあけがたは
まだこの世かいのゆめのなかにゐて
落葉の風につみかさねられた
野はらをひとりあるきながら
ほかのひとのことのやうにつぶやいてゐたのだ
そしてそのままさびしい林のなかの
いつぴきの鳥になつただらうか
I'estudiantina を風にききながら
水のながれる暗いはやしのなかを
かなしくうたつて飛んで行つたらうか
やがてはそこに小さなプロペラのやうに
音をたてて飛んできたあたらしいともだちと
無心のとりのうたをうたひながら
たよりなくさまよつて行つたらうか
   わたくしはどうしてもさう思はない      (後略)



君は、人が息を引き取る瞬間に立ち会ったことがありますか?TVドラマや映画では、息を吐いてガクッと首を垂れるシーンが描かれがちですが、僕の妻は小さな息を一つ吸って、そのまま永久に呼吸を止めました。それは、最後の最後まで一所懸命生き続けようとした彼女の思い、それほどまでにみんなと一緒に生きていたかった彼女の思いのあらわれだったと思いました。

今、名古屋のホスピスに肺癌の末期で入院している僕の父は、癌が脳に転移したらしく、年明けからボケが一挙に進行し、今が何時でここが何処であれが誰かわからなくなりつつあります。そんな父を見ていて、死とは人格そのものを失っていくことなのだと痛感しています。

宇宙の深い闇に向かって秒速30万qで遠ざかっていく自分の人生を、どう生きようとしているのか。いま共に生きている人と語り合いたい、語り合える機会がほしいと思いませんか。
つづく
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となりでトロトロ

その23  強い意思と深い絆は孤独から生まれる

2006年度 24枚目 2006/12/24

■ 幾重にも積み上げられた人生の基礎

2学期は、9月の体育祭、10月の文化祭と中間考査、12月の修学旅行と期末考査、その合間の進路を決める選択科目登録と、慌しく大変な日々が続きました。
人生は山あり谷あり。体や心が思うにまかせず、落ち込む時もしばしばです。他人からすれば当たり前のようなことが、とんでもなく難しい状態に陥ることも時にはあります。そうした波に揉まれながらも、心身や生活習慣や人間関係の基礎をしっかり育て、公欠以外は無遅刻・無欠課・無欠席で過ごせた四人には敬意を表します。そして、休みがちになったり遅刻を重ねながらも、授業や行事に参加しながら自分なりの願いをかなえようと努力した、クラス全員に心から拍手を贈ります。

さて、冬休みに入って一息ついた今、君はこの2学期をどう振りかえり、未来に何を求めているのでしょう。君にとって、思い出深く印象に残っていることは何でしょう。君達と過ごした学校生活で、僕が一生忘れないのは、
LOVE≠フ文字の下で声を合わせて歌った君たちの歌声と、宮良るり先生の講演で涙を浮かべながら聞き入っていた君たちの瞳と、寂しさを胸に抱きながらも自分の人生のステージを作りに旅立つ少女が2の1の教室に残した「ありがとうございました」の声です。

★ 君がポスターを貼り、ビラを配り、ライトを当て、ピアノを弾き、客席に向かって歌った
「人を恋する切なさ」や「人を愛する難しさ」が、君の今日を支えていれば幸いです。

★ 君は修学旅行で宮良るり先生から投げ掛けられた言葉を覚えていますか?

 
「何が正しいのか間違っているのかを判断する、一番大切な基準は命≠ナす」

宮良先生は未来を作る君に向かって、
真実を知ることの大切さ、疑問を持つことの大切さ、そして命を守ることの難しさを語ってくれました。命を奪おうとする者と私達はどう闘ったらよいのか考え続け、時には孤立を恐れず勇気を持って行動すること。


この冬休み、宮良先生から与えられ課題に少しでも取り組んでみたい人の為に、今上映中の映画と、何冊かの本を紹介します。

映画は、
クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』。本当は2部作の1作目『父たちの星条旗』とセットで観てほしいところですが、残念ながら。今は『硫黄島からの手紙』しか上映していません。『硫黄島からの手紙』では、君が入ったあの沖縄の壕とそっくりの穴倉が舞台になっています。

……そして、お薦めの本は次の4冊です。


硫黄島からの手紙

父たちの星条旗
□  『憲法が変わっても戦争にならないと思っている人のための本』
日本評論社・高橋哲哉・斎藤貴男【編著】は、日本が世界第4位の軍事大国(424億ドル≒5兆円)であり、日本が負担している米軍基地の費用は35億ドル(約4000億円)だということなどがイラストで示されていたり、憲法や平和維持に関して君が抱く疑問に、Q&A方式で分かりやすく応えてくれる便利な本です。

□ 
『戦争で得たものは憲法だけだ』
七つ森書館・落合恵子・佐高信【編】は、「憲法行脚の会」のメッセージ集。会の呼びかけ人は、落合恵子・香山リカ・姜尚中・斎藤貴男・佐高信・辛淑玉・城山三郎・高橋哲哉・高良鉄美・土井たか子・三木睦子・森永卓郎など。名前を聞いたことがある人が、何を訴えているの知るのも大切なこと。

□ 
『憲法九条は仏の願い』
明石書店・念仏者九条の会【編】は、本願寺関係の人たちで作っている「念仏者九条の会」の訴えがまとめられています。会の目的は「憲法第9条の改悪反対の活動を行い、改悪阻止をめざす。」会の活動は「1.本願寺教団に対して、念仏者として、憲法第9条の改悪反対の声明を出すことを求める。 2.本願寺教団の僧侶・門徒に対し、憲法第9条の改悪反対の声を広げる活動を行う。」など。

□ 
『これが憲法だ』
長谷部恭男、杉田敦【著】は最近創刊された「朝日新書」の一冊。


★  下は、諸富祥彦『「孤独」のちから』(海竜社刊)で紹介されていた、ゲシュタルト療法の創始者フレデリック・パールズの詩「ゲシュタルトの祈り」です。
            ゲシュタルトの祈り
わたしはわたしのことをして、あなたはあなたのことをする。
わたしはあなたの期待に応えるために、この世にいるわけではない。
あなたはわたしの期待に応えるために、この世にいるわけではない。
あなたはあなた、わたしはわたし。
もし偶然におたがいが出会えれば、それは素晴らしいこと。
もし出会わなければ、それはそれで仕方がないこと。


フレデリック・パールズは京都の大徳寺で禅の修業もしたユダヤ人の精神科医。ゲシュタルト療法は、過去に何をしたか、それは何故かを問うのではなく、
「いま・ここで、いかに・なにを・話しているのか」を問題にし、自分が他の何者でもない自分自身であるという自由を取り戻すことを目的とする心理療法の一種です。興味があれば書店で手にとってみて下さい。

似た題名の本に斎藤孝『孤独のチカラ』(PARCO出版)があります。これらの本が教えてくれるのは、孤独の効用。
孤独を恐れるのではなく、孤独と親しむことでこそ、
自分とじっくり向き合い、世の中をゆったりと眺め、
人と深い絆を結ぶことができるのでしょう。

追伸:2学期間、保護者の皆様の温かなご支援・ご協力ありがとうございました。
つづく
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となりでトロトロ

その22  希望だけでは食べていけない 希望がなければ生きていけない

2006年度 23枚目 2006/12/02

■ 日本の曲がり角で、君はどこに足を踏み出すのか

去年転校した子の一人から、指定校推薦で大学に合格した喜びのメールをもらいました。また、遠く離れた学校に転校した別の子は、仕事をする上で必要な資格試験に合格した喜びを伝えてくれました。立ち塞がる様々な障害や世間の荒波をかいくぐりながら、京女とは別の場所でたくましく生きている子の近況を知ると、へばりきってくたばりかけた我が身にも、微かな希望や勇気が湧いてきます。

一方、現高3の子から、ぜひ高2の子に伝えてほしいというメールをもらったので、紹介します。


今日、家にAO入試の一次の結果が届いたみたいで。。。一次通過はできなかったんやけど〓

もし、今の先生の持ってるクラスの中に、私みたいに国際関係とか比較文化に興味ある子がいるんなら、伝えて欲しいことがあるねん〓それと、京女大の現社に行こうとしてる子にも〓〓私が、入試を通して感じたのは、時間をかけて準備するのが大事って事。

自分の大学に行って何を研究していきたいかを早く決める事も重要〓〓やから、社会系に進みたいなら、絶対に新聞を毎日よんで、常に自分の意見をもつよぅにしてほしい〓って、進路面談とかHRで言ってあげて〓私には、あと一般の冬しかチャンスはないけど2年生ならまだまだ時間あるしチャンスもあるし〓〓  こぅ笑って言えるよぅになるには、少なくとも私には1リットルの涙が必要かもねぇ〓

また、指定校推薦内定後、大学に提出する志望理由書や小論文がうまく書けないといって相談に来る人もいます。その一人に、ある私大の法学部に指定校推薦の内定をもらったものの、志望理由書を書く段になって、その大学の法学部になぜ進もうとしているの考え込んでしまった人がいました。何度も志望書を書き直す中で彼女がたどり着いたのは、法学部で国際法を勉強して、国際連合の職員となり、世界中で援助を必要としている子ども達のために働きたいという願いでした。

人と語り人に思いを伝えようとすることで、自分自身とちゃんと向き合うことができる。そこで初めて自分の夢の輪郭をはっきり描くことができることもあるのだ、ということを改めて感じました。

愛国心」を売り物にした新教育基本法が成立するのと同時に、防衛庁を「防衛省」に格上げする法案が成立して、「海外派兵」が自衛隊の正規の活動となりつつある今、地球人の一人として国の平和よりも人の平和を築く希望を抱き続け、地球のどこに住もうと愛しい人と安心な暮らしたいと願う人は、ぜひ最上敏樹の岩波新書『いま平和とは 人権と人道をめぐる9話』を読んで下さい。その終りの2話は「絶望から和解へ 人を閉じ込めてはならない」と「隣人との平和 自分を閉じ込めてはならない」です。

興味が湧けば岩波新書『人道的介入  正義の武力行使はあるか』も手に取ってみて下さい。


保護者の皆様への報告とお願い
■ 被害者の辛さや痛みへの共感と、加害者の立ち直りのための援助を

お嬢さんからお聞き及びのことと思いますが、今週月曜、盗難が再発してしまいました。(中略)

被害にあった現金は通学のための定期代でした。子どもを学校に通わせるために親が一所懸命に働いてやり繰りしながら渡した大切なお金です。被害者の生徒やその家族の方が受けたショックや腹立ちの声を聞くにつれ、「管理不行き届きで遺憾です」では済まされない思いでいたたまれません。

再発防止には、同じ教室に暮す者として、被害を他人事とせず、その痛みや辛さに深く共感することが不可欠です。ご家庭でも、子を学校にやる親の思いの切なさを語って下されば幸いです。

ただ、一番深刻なことは、加害者が人を傷つけた罪の意識を抱かないまま(あるいは罪悪感に責められたまま)過ごしていること。そして一緒に暮らしていながら、それに気付くことも罪悪感を共有することもできないまま過ごしている加害者の家族がいることです。罪を犯した事情や心情を一番身近な家族にも話すことができず、更生のチャンスを得ることない加害者は、これからどう生きていくのか。それを思うと、またいたたまれない思いにかられます。

加害者が大人であれば言うに及ばず、20歳に満たない「少年法」の保護を受ける子どもだとしても、教室での空き巣行為は、置き引きや万引き同様「刑法」に定められた窃盗罪に問われる罪であることに変わりはありません。

刑法 第235条(窃盗罪)
人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役または50万円以下の罰金に処する。
これを再確認した上で、加害者自身が罪を自覚し、加害者自身が抱えている問題を解決していく道筋を見付けて行くことができるよう、お気付きのことがあれば、ぜひご相談、ご協力下さい

追補:世間の大人や子どもの「いじめ」も、次のような罪に当る行為であることを忘れずにいたいものです


第204条(傷害罪)
人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

第208条(暴行罪)
暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、2年以下の懲役若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

第222条(脅迫罪)
生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。

第223条(強要罪)
生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、3年以下の懲役に処する。

第230条(名誉毀損罪)
公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。

第231条(侮辱罪) 
事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。

第249条(恐喝罪)
人を恐喝して財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。

つづく
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となりでトロトロ

その21  愛するもので決まる人生

2006年度 22枚目 2006/11/21

■ 「愛」の対義語は、憎しみではなく「無関心」

今朝、朝礼でいっしょに一日のスタートを迎えられなかった人が10人いました。その内5人は朝の連絡なし。現代文の授業で話したように、思いもかけない
「ドラマは境界で起る」もの。家でも学校でもない時間と空間の境目をさ迷い、親も教師も友達も気付かぬ人と人との隙間に落ち込んでいるのではないかと心配します。朝礼に間に合わない時は、必ず保護者に連絡してもらって下さい。

先週、ヤン・ヨンヒ(梁英姫)監督のドキュメンタリー映画『ディア・ピョンヤン』を観ました。舞台は、区民の約4分の1、約3万人の在日コリアンが暮らす大阪市生野区と北朝鮮の首都ピョンヤン、そして二つの国を繋ぐ万景峰(マンギョンボン)号。ヨンヒの父は北朝鮮を「祖国」に選んだ在日コリアンで朝鮮総連の活動メンバー。ヨンヒの兄達は、父の薦めで一度も見たことのない北朝鮮に「地上の楽園」を求めて「帰国」し、両親と日本に残ったヨンヒは朝鮮学校に通った。ヨンヒは陽気な父を愛しつつも、北朝鮮の実情を知るにつれ、「祖国」に忠誠を捧げようとする父の価値観に疑問を抱き始めて反抗し、家を出てNYに渡った。帰国後、映画監督となったヨンヒは、失われた父や家族との絆を繋ぎ直そうと、自らまわすカメラで父の素顔を追いはじめる。


京都シネマの客席には10代の娘さんから老夫婦まで、年齢性別バラバラな客が席もまばらに15人ほど。その観客全員が、映画が終わってもじんわりずしんと来る熱いものを胸に抱いたようにしばらく席を立たず、無言で出口に向かいました。家に帰って「学校を元気にする便利サイト〜 学びの場.com」に載っている監督の言葉を見つけました。その一部分を抜粋して次に紹介します。


今の世の中、資源にしろ文化にしろ、人々の流れにしても自国のモノだけで成り立っている国はまずありません。そういった他国から入ってきたモノや人を目の前にした時、「互いにわかりあうためのキャッチボールができる訓練」くらいは最低必要ではないでしょうか。

悪いのは、私が「コリアンなんです」と答えると、「ああ、あちらの方ね、ごめんなさいね」と、まるで相手を透明人間のように見えなかったことにするパターン。これは非常に失礼な態度です。人間は他者に無視された時、最も傷つくもの。相手がいくら知らない民族だからといっても、きちんと見なくてはなりません。私は「自分と違う者と出会った時に、どう接するか」で、人の真価が問われると思うのです。

日本でも、世の中は違う者同士がいっぱい集まって成り立っていて、自分から見て違う人がいるように、自分も相手から見たら違う人なんだということを、当たり前のように教えられたらいいのになあと思います。

http://www.manabinoba.com/index.cfm/4,7796,81,html


拉致という国家的暴力は許されません。しかし、僕らが
「国の平和」以上に「人間の平和」を求めるのなら、「独裁者に懲罰」を加えること以前に「被害者の救済」を願うのならば、拉致被害者やその家族の切なさに思いを寄せると同時に、日本への入航禁止になったマンギョンボン号にどんな人がどんな思いを抱いて乗り、どんな思いが込められた荷物が積まれているのかをちゃんと知るべきでしょう。自分が被害者であることは自覚できても、自分が加害者となっていることには気付かないのが人の未熟さです。

昨日提出〆切りになった「高3科目選択調査」には、君の「決意」が示されているのだと思います。君は今、どんな大人となってどんな社会を作っていきたいのでしょうか。1組には将来、教員や保育士などの教職につくことも考えて科目選択用紙を提出した人が何人もいます。国会ではいま、教育基本法改正案が審議されています。衆議院では野党議員全員が採決拒否の欠席をしたまま可決され、議案は参議院に送られました。

やがて君が育てる子ども達に関わる法案です。裏面の対照表から、
法案を成立させようとする政府の意図や法案に反対する者の危惧を読みとってください。

■ 保護者会&クラス懇談会の報告

先週の保護者会に諸般の事情でご参加頂けなかった保護者の皆様に、配布物には載っていない全体会やクラス懇談会の話題をかいつまんでお知らせ致します。  (省略)

裏面
これまでの教育基本法 国会で審議中の「改正」案
前文

われらは、さきに、
日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。

われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と
平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造を目指す教育を普及徹底しなければならない。

ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。

前文

我々日本国民は、
たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである。

我々は、この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と
正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期する とともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。

ここに、我々は、日本国憲法の精神にのっとり、我が国の未来を切り拓く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定する。

(教育の目的)第1条

教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、
真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

第1章  教育の目的及び理念
(教育の目的)第一条

教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として
必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

(教育の方針)第2条

教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。

この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に即し、
自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によって、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。

(教育の目標)第二条

教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。

1  幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と
道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。

2  個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び
自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。

3  正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、
公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。

4  
生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。

5  
伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。

(教育の機会均等)第3条

すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであって、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。

国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって就学困難な者に対して、奨学の方法を講じなければならない。

(教育の機会均等)第四条

1  すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。

2  国及び地方公共団体は、障害のある者が、その障害の状態に応じ、十分な教育を受けられるよう、教育上必要な支援を講じなければならない。

3  国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって就学が困難な者に対して、奨学の措置を講じなければならない。

(男女共学)第5条

男女は、互いに敬重し、協力しあわなければならないものであって、教育上男女の共学は、認められなければならない。

男女共学の項目は削除されました
(学校教育)第6条

法律に定める
学校は、公の性質をもつものであつて、国又は地方公共団体の外、法律に定める法人のみが、これを設置することができる。

2  法律に定める学校の
教員は、全体の奉仕者であって、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない

(教員)第九条

1  法律に定める学校の
教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない。

2  前項の教員については、その使命と職責の重要性にかんがみ、その身分は尊重され、待遇の適正が期せられるとともに、養成と研修の充実が図られなければならない。

家庭教育の項目はありませんでした

(家庭教育)第十条

1  父母その他の保護者は、子の教育について
第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努めるものとする。

2  国及び地方公共団体は、家庭教育の自主性を尊重しつつ、保護者に対する学習の機会及び情報の提供その他の家庭教育を支援するために必要な施策を講ずるよう努めなければならない。

(教育行政)第10条

1  教育は、不当な支配に服することなく、
国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。

第2章  教育行政
(教育行政) 第十六条

1  教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の
法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない。
つづく
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となりでトロトロ

その20  異質なものとの出会いが、新たな人生をつむぐ

2006年度 21枚目 2006/11/11

■ 将来を考えることは 今すべきことを見付けること

「20枚目の手紙」を渡したのは7月20日ですから、113日ぶりの手紙です。その間に、体育祭や文化祭があり、中間考査が終ったばかりなのに、もう1ヶ月後には期末考査も終って沖縄修学旅行。君が3年で学ぶ選択講座の登録〆切は来週末。今何と向かい合ってどう日々を過ごすかが問い直される時です。

9月前半には、教育実習生の2人が交代で「号外」を出してくれ、大学や就職活動などに関する生の「声」を伝えてくれました。今日の1時30分から催される『先輩との懇談会』は、もっとリアルで多様な「声」を聞くことができる貴重な場。卒業生中心に6人の講師が来てくださいますが、参加票を出した高校2年生は380人中たった5人。その気になってAV教室に直接行けば参加可。「いま自分がすべきこと」に気付きに行って下さい。
自分の殻を破り、不安や面倒臭さから突き抜ける勇気は、新鮮な出会いから生まれます


■ 切りたい繋がり 命をつなぐ繋がり

昨日の朝礼で気に留めてほしいといった『自殺予告』。哀しいことに九州の中学校で一昨日、17歳の少女が飛び降り自殺をしていました。卒業生だった彼女のものと思われる予告の手紙が1日遅れの昨日、その学校に届いたということです。「いじめ自殺」と「必修逃れ」の蔭で、この1ヵ月に管理職からのパワハラ(職権を背景とした嫌がらせ)で2人の中学校教師が自殺し、必修逃れの責任を苦に2人の高校校長が自殺しています。

こうした問題を解決するには、その前文に


われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。

この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造を目指す教育を普及徹底しなければならない。

ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する



と、うたわれた『教育基本法』を「改正」するのではなく、その理想の実現に向けて努力を続けることでしょう。その第一は、誰かにとって都合のよい画一化を安易に容認することではなく、粘り強く多様性を尊重し続けていくことだと思います。

先日、生野慈朗監督の映画『手紙』(出演:山田孝之・沢尻エリカ・玉山鉄二、原作:東野圭吾)を観ました。熱く重い映画でした。映画館を出た足ですぐ本屋に寄り、原作を買って読みました。

死んだ両親の代りに家計を支えていた兄は体を壊して失業し、弟の学費を得るために空き巣に入った先で思わず老婦人を殺してしまう。服役した兄が刑務所から毎月送り続けた手紙は、思いもよらぬ形で弟の生活を壊する一方、弟を見守り続けた少女の手紙は、生きる道しるべと苦難に立ち向かう勇気をつかむきっかけを与えてくれた。弟は、新たな人生の一歩を踏み出すために……


東野圭吾
文春文庫
映画では、人物設定やストーリーが原作と変えられていますが、右に紹介した小説の「核」の部分(文春文庫P317〜322の一部を抜粋)は映画でもズシリと来ました。僕は東野圭吾の主張に全面的には同意できません。ただ、この作品と出会えたことで、罪や差別や自殺について考えを深めることができました。

いま自分を取りまいている息苦しい現実を断ち切ろうとするのではなく、いま生きているここから、自分と命を繋ぐ人との関わりをつむいでいけたら、何かが変わるかもしれない。ただ、それには
自分を支えてくれている人の存在に気付き、それを大切に思えるだけの心のゆとりが必要なのかもしれません。

          2年1組の保護者の皆様へ
16日の懇談会の出欠票を頂いていないお宅が18軒あります。是非ご参加ください。6限のクラス懇談会は、保護者の皆様が気になっておられる話題を中心に進めたいと思います。当日都合がつかない方も含め、この「手紙」の成績一覧をご覧下さった確認を兼ねて、気がかりなこと、話題に取り上げたいことなど、ひと言ご返信頂ければ幸いです。ご多忙中とは存じますが、ご協力お願い申し上げます。

つづく
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