>> 草食系マフィア、最後の挨拶。




 かくして、幼馴染みと別れたバラクーダ東吾(アニキ)は、混乱の街から脱出するため。

 目的地の港を目指しているのであった……。



舎弟 : 「……人目につかないように進んでいる、とはいえ。流石に敵が多いな。ここからは、戦いは避けられない……か。そろそろ、ガチで敵とあたる覚悟をしないといけないみたいだな……ローズ、準備はいいか?」


ローズ: 「……大丈夫ですわ」


舎弟 : 「本当か? 確かキミは利き腕を折って……」



ローズ: 「連中には片腕で充分ですわ」



舎弟 : 「そうか……」


ローズ: 「それより、アクセル。貴方こそ大丈夫でして? 敵の数と弾丸の数が一致してなくってよ」


舎弟 : 「大丈夫だ……一発で二人倒せば、問題はないさ」


ローズ: 「無茶ばかり仰る方」


舎弟 : 「キミもな……」


ローズ: 「うふふ……そろそろ、いきましょう。よろしくて?」

舎弟 : 「あぁ……いきますよ、アニキ!」




バラクーダ東吾(アニキ) : ガクガクブルブル。




舎弟 : 「って、アニキ! 何、物陰にかくれてブルブル震えてるんですかっ!」


アニキ: 「だって、多い! 何か黒服の兵隊さんが多いよ! 防災頭巾! 舎弟。防災頭巾かってきて!」


舎弟 : 「それかって何処に避難するつもりですか! もう逃げ場なんて何処にもないですよ……さ、いきますよ!」


ローズ: 「アクセル……」


舎弟 : 「何だよ?」


ローズ: 「私、たまにおじさまを信頼する理由がわからなくなりますが、貴方はそういう事、ありまして?」


舎弟 : 「……たまにはある、けど、気にしないでおくのも優しさだよ。ローズ」


ローズ: 「えぇ……それより、来ましてよ。アクセル」


舎弟 : 「!! しまった、気付かれたか……いくぞ、ローズ!」



ローズ: 「お先に失礼致しますわ!」



舎弟 : (!! ……流石ローズ、片手とはいえ、敵を一切寄せ付けない瞬発力。そして、片手でも大人を投げ飛ばせるあの力で、かなり敵は恐れを成している。やはり、強化人間か……強い)



ローズ: 「私の前に立ったなら……覚悟はよろしいようね?」


舎弟 : 「……これで敵はかなりビビっている。よし、いける……俺も続くぞ、ローズ!」



ローズ: (……流石はアクセルですわ。敵を確実に、一発で動けなくしている……狙撃手、白い死神として恐れられていましたが、接近戦のマシンガンも得意としているという噂は本当でしたのね)



舎弟: 「……死にたい奴だけ、俺の前にたて。墓は掘ってやらんがな」



ローズ: 「これならいけますわ! おじさま!」


舎弟 : 「アニキ、進みましょ……」




アニキ: 「がんばれー」 (凄く遠くで)




舎弟・ローズ : 「って、来てないし!」




アニキ: 「だって危険ですぞ危険ですぞ! 銃弾飛び交っている場にいくと死ぬですぞ!」


舎弟 : 「でも行かないと進めないでしょーが! ほら、行きますよ!」


アニキ: 「ぎゃー! やだー! やだー」


舎弟 : 「大丈夫ですから。貴方は……」


アニキ: 「舎弟?」




舎弟 : 「命にかえても、俺が守る」




アニキ: 「……アクセル?」


舎弟 : 「さぁ、行きますよアニキ! ……とにかく、あの 倉庫 まで走りますよ! あの倉庫を抜ければ……目的地まで、あと僅かですから」


アニキ : 「おお、そうなの! 倉庫ってあと少しじゃないか! 俄然やる気出てきたよ、俺頑張る!」


ローズ : 「よかった……おじさまに、ようやくやる気が出てきましたわ」


舎弟 : 「やる気が出たのはいいけど……」




アニキ : 「ひゃっほぉおぉぅ! マンマミーヤァァァアァ!」




舎弟 : 「あの、何処のイタリア系アメリカ人だという勢いのテンションの上がり方はどうかと思うけどな……」


ローズ : 「目立ちすぎですわ、おじさまー!!!」



アニキ : (ぱんっ!)



舎弟 : 「しかも狙撃された!」


ローズ: 「おじさまー、おじさまー!」



アニキ : 「死んだらどーする!」(むく)



舎弟 : 「でも案外平気だ」


ローズ : 「流石おじさま、ギャグキャラはなかなか死なないを地でいってますわ……」


舎弟 : 「とにかく、この倉庫に逃げるぞ!」


ローズ : 「了解ですわ! 逃げたらシャッターを閉めますわね!」




 ガガガガガガガガ……。




アニキ : 「ゴガシャァン!」



舎弟 : 「あ、アニキ! アニキ挟まった! アニキー! アニキー!」


ローズ: 「鈍ッ! 何処まで鈍いんですのおじさま! 早く引っ張って、アクセル! せーの、でいきますわ! せーの!」


アニキ : 「ぎゃー、やめてローズやめてくれー! 腕がスッぽ抜けるー! 腕がすっぽ抜けるよー!」


ローズ : 「あとで名医につなげてもらえば大丈夫ですわ!」


アニキ : 「そんな千切れた腕をすぐにつなげるような名医黒いコート来てそうでやだ……あ、何とかシャッターの挟まりからとれた」


舎弟 : 「もう、何やっているんですか……それより、行きます……!!




 舎弟が周囲の様子をうかがう。


 無数の人影とともに、こちらを伺う気配を感じる……。



 どうやら、この倉庫に無数の敵がいるようだ。




舎弟 : (張られていたか……いや、ここに来るのは解っていた事だから、当然といえば当然だな)


ローズ : 「……どうしましたの、アクセル?」


舎弟 : 「……ローズ、行くぞ。全力で駆け抜ける。アニキを強引にでもつれてきてくれ!」 (だだだっ)



ローズ : 「わかりましたわ!」 (だだだだっ)


アニキ : 「ぎゃー! ローズ、ごめん今まで後ろ向きな逃走を続けて悪かった! 謝るから、俺を大八車みたいにひかないでくれー!」 (がりがりがりがり)



ローズ : 「でも、迫ってくる敵はどうしますの……アクセル?」


舎弟 : 「……降りかかる火の粉は、全て俺がはらう!」


アニキ : 「ぎゃー! 痛い痛い痛い! でも段々気持ちよくなってきた、ローズ! ローズぅう!」



舎弟 : (ガガガガガガガ)



ローズ : (……威嚇射撃でマシンガンをあんなに。強いですわ……でも、アクセル……そんな戦い方をしていた弾丸が持つんですの? それに……)


舎弟 : 「……ッ」


ローズ : (……前衛で常に戦っていたら……貴方の身体ももちませんわよ……)



 だが、舎弟のまさに死神のようなその活躍で近づく敵も少なく。



舎弟 : 「……あのシャッター! あの向こう側まで走るんです!」



 目的地は、目前まで迫っていた……。



アニキ : 「っと、やった。ゴール! よし、ここまでくれば船まで後少しだぞっ!」


ローズ : 「はぁ……はぁ……」




 シャッターをこえて、呼吸をととのえ。


 振り返ったバラクーダ東吾は、己の目を疑う。


 舎弟が……アクセルが、いない。




アニキ : 「……舎弟?」




 驚き声をあげるのと、シャッターが閉まるのが同時だったろう。


 見ればシャッターの向こう側で、リモコンを操作する舎弟の姿がそこにあった。




アニキ : 「……何やってんだ、舎弟! そんな所で……早くこっちにこい!」




 シャッターをこえて舎弟を連れ戻そうとする。


 そんなバラクーダ東吾に、舎弟は銃口を向けた。




舎弟 : 「……シャッターを越えないでください、アニキ」


アニキ: 「な、に……言ってるんだ、アクセル」




舎弟 : 「おれは、ここに残ります。ここで一秒でも長く、あいつらを引きつけますから」




 伝わるはずの言葉なのに、言っている意味がわからなかった。




アニキ : 「……な、に、いってんだ?」




 シャッターはどんどん閉じていく。


 リモコンは向こう側にしかない、これが閉じてしまうと、こちら側から開ける事は不可能だ。




舎弟 : 「アニキは、ローズと高速艇にのって逃げてください」


アニキ: 「……そんな必要はない! こっちにこい!」


舎弟 : 「……アニキが逃げるために、敵が多い。ここでシャッターを閉じる役は必要なんですよ」




 舎弟の言う通りだった。


 だが、だからこそ……認められなかった。




アニキ : 「だったらその役は俺がやる! だから、アクセル。オマエが、逃げろ! ……オマエの方が子供じゃないか!」



舎弟 : 「アニキの方が俺より上の人間です……マフィアの命は、自分の信じたボスのために使う。そのためにあるんですよ」


アニキ : 「だが、俺の部下は違う! 俺の部下の命は、お前ら自身の命だ! だからこい! 大丈夫だ、オマエがそんな事しなくても、逃げる事くらい出来るから……」



 シャッターはもう半分以上閉じていた。


 大人の身体ではくぐる事も出来ない。




舎弟 : 「…………いいんですよ、俺は。アニキと一緒に、太陽の下を生きていくには……血を、浴びすぎましたから……」


アニキ: 「アクセルっ」




舎弟 : 「だから俺の綺麗な思い出だけつれていってください」




アニキ: 「そんな重たいモン背負って逃げられるか! 俺は、そんなモンじゃない、オマエを連れて行きたいんだ! オマエを……」


舎弟 : 「逃げるんじゃないでしょう、アニキ。生きるんです


アニキ: 「……!!」



舎弟 : 「いきて、ください」



アニキ: 「アクセルぅ……」


舎弟 : 「俺も、風火さんも、ガイさんも……同じ事を望んでいるんですよ?」




 閉じかけたシャッターからはアクセルの表情を見る事は出来ない。


 だが……きっと笑っているのだろう。



 泣きそうなくらいの笑顔で。



舎弟 : 「貴方が生きているのが、俺たちの最後の希望なんです。だから……いきて、ください。そして出来れば……」



 俺の事忘れないで。


 そう言おうとして言葉を飲む。



 自分という人間の人生で、敬愛する男の運命を縛りたくはなかったからだ。



 だが、敬愛する男の事だ。

 言わなくても伝わってしまったのだろう。




アニキ : 「アクセル……アクセル」




 シャッターが閉じようとしている。




アニキ : 「アクセル……俺は、オマエに命令らしい命令もろくに出さないマフィアだったな……」


舎弟 : 「……そうですね。たまに頼まれる事といったら、お菓子の買い出しやゲームの対戦相手でろくでもない事ばかり」



 でも、楽しかった。



アニキ : 「……今、一つだけ命令をさせてくれないか?」


舎弟 : 「……何ですか、無茶な事じゃなきゃ、なるべく聞き入れますけど」




 その僅かな隙間で、バラクーダ東吾は精一杯声をあげた。




アニキ : 「死ぬなーッ、アクセルぅー。絶対に、死ぬんじゃないっ、絶対に……絶対に……」




 シャッターが閉じる。


 アクセルの答えは聞こえなかったが。



アニキ : 「……死ぬな。死ぬな……オマエの綺麗な思い出なんていらないから……下らなくても汚くても、オマエと、これから思い出つくりたいんだ、俺は。だから……」



 冷たい鉄の壁が男の前に降りる。


 急いで立ち去らなければいけないその場だったが……暫く、動けないアニキをローズが咎める事はなかった。



ローズ : 「おじさま……」


アニキ : 「…………」


ローズ : 「おじさま、もう行きましょう……アクセルが作ってくれた時間。ここで使い潰してはいけませんわ……」



アニキ : 「……そう、だな」



 先に歩き出したローズの後を、のろのろと歩く。



アニキ : 「舎弟……」


 ・

 ・

 ・



舎弟 : 「アニキ! まだ寝てる……はい、そろそろ仕事行きますよ! 確かにアニキはもう、今は寝ていても稼げる程度の土地転がしですけど。一応はマフィアなんですから、マフィアらしい事しておかないと!」



 考えてみれば、叱られてばかりだった。



舎弟 : 「……はい、これ今日の飯です。俺ですか? 俺は、腹減ってませんから」



 自分より年下なのに、自分の世話を焼こうとした。



舎弟 : 「ここは任せてください! アニキは先に……」



 失敗の尻拭いは、大概舎弟がしていた。

 迷惑ばかりかけていた、頼りない兄貴分だったと我ながら思う。

 だが。





舎弟 : 「いいんですよ、アニキ」



 いつもあいつは笑っていた。



舎弟 : 「アニキ、肩貸してください」



 屈託なく、笑っていた。



舎弟 : 「俺は、アニキの隣に居られるだけで……それで、いいんです」



 まるで、俺が世界の全てだったように。



アニキ : 「…………アクセル」



 居るのが当たり前だった。

 だが





アニキ : 「アクセルっ、アクセルぅ……」



 今は隣に、その吐息がない。

 背中はいつもより冷たく、頬には自然と涙が零れる。




ローズ : 「おじさま……」



 ローズは振り返らず歩いた。


 振り返る事などできないでいた。




 かける言葉が、思いつかなかった。




ローズ : 「あ」



 やがて、港が見える。



ローズ : 「おじさま、見えましたわ! 高速艇です! あと少し、あと少しですわ!」


アニキ : 「あぁ……」


 長い、逃亡が終わろうとしていた、その時。



??? : 「アニキ」



 カラン、と乾いた木の音が聞こえる。


 聞き覚えのある声がする。



??? : 「…………アニキが、組織を裏切って国外逃亡を企てている、って聞いた時は冗談だと思ってたっす。でも、ここに現れたって事は……本気、なんすよね」



 高速艇、それに向かう桟橋の前に見覚えある男が立っている。



アニキ : 「…………ヒデヨシ」



ヒデヨシ: 「お久しぶりです、アニキ」


 片手には彼が愛用しているバットが、乾いた音をたて桟橋を鳴らす。


ヒデヨシ : 「……アクセルは、居ないんすね? ……何処いったんすか?」



 こたえられる訳がない。

 自分が生き延びる為に、彼を犠牲にしたのだから。



ヒデヨシ : 「……組織を裏切るなんて、お得意の冗談か何かっすよね?」



 今の組織から逃げ出す事は、つまり裏切りだろう。


 冗談などではない。



ヒデヨシ : 「……何とかいってくださいよ、アニキ」



 何も言えなかった。


 純粋な意味で自分を正義のマフィアだと思い、慕ってくれた彼にかける言葉が思いつかなかった。




ヒデヨシ : 「……何とか言えよ、バラクーダ東吾!」




 叫びに怒りと憤りと、何より強い哀しみが聞き取れた。



ヒデヨシ : 「……黙っているならそれでいい。ンでも……ここを通るなら俺を倒してからにしてもらいます」


 ヒデヨシは、愛用のバットを構える。


ヒデヨシ : 「裏切り者には死を、それが組織の掟ッスから」



 日は傾き、夜が近づく。

 ヒデヨシの目はすでに標的として、かつての家族を捕らえていた。



アニキ : 「そこを、どいてくれないか。ヒデヨシ?」


ヒデヨシ : 「駄目ッス。残念ながら……ね」


アニキ : 「……どうしても駄目か」


ヒデヨシ : 「どうしても駄目っす……行きますよ」



 戦う前に声をかけるのはせめてもの優しさだろう。


 ヒデヨシはそう声をかけてから、得意の獲物を振りかざした。



アニキ : 「…………!!」


ヒデヨシ: 「逃げました、か……やっぱり、伊達に草食系じゃないっすね。逃げ足だけは、早ぇや」



ローズ : 「!! ヒデヨシ様っ、おじさまを……本気で……?」



ヒデヨシ: 「当たり前じゃないっすか、ローズさん。アニキは、組織を蹴って余所に向かう裏切り者だ……裏切り者はけじめを付ける、それは何処のマフィアだって一緒でしょう?」


ローズ : 「何でですの! ヒデヨシ様だって、おじさまの事を信頼してらしたんでしょう!?」


ヒデヨシ: 「当たり前です、でも……退けない戦いってあるんですよ……男の子ですからね」



アニキ : 「……」


ヒデヨシ: 「解りますよね、アニキ?」


アニキ : 「そう……だな」


ヒデヨシ: 「だから……俺は遠慮なしに全力で行きます……アニキも……本気を出してください!」(ぶんっ!)



アニキ : 「うぁっ!」


ヒデヨシ : 「……この、ちょこまかと、ちょこまかとっ」 (ぶん、ぶん)


アニキ : 「悪いなっ、生憎……逃げてばかりの草食系! 逃げるのは得意でなっ……」



ヒデヨシ: 「本気で、逃げるだけッスか……」 (ぶん、ぶん)


アニキ : 「本気で逃げて何がわるいっ!」 (ひょい、ひょい)



ローズ : (おじさま、はぐれメタルですわ……)


 一方はバットをふるい、一方はただそれを避ける。



ヒデヨシ: 「逃げるばかりで、何が守れるんすかっ! 本気で来てくださいって言ってるでしょーがっ!」 (ぶん、ぶん)


アニキ : 「そういうなら……オマエも本気出せっ、機関銃でも……ナパームでも、何でももってるだろーがっ!」 (ひらり、ひらり)


ヒデヨシ: 「アニキにそんな無粋な真似出来る訳無いでしょうが! それに……俺の愛用のコレで仕留める、そうじゃないと意味がない!」(ぶん、ぶん)


アニキ : 「だったら、俺だって本気になれねーよ! ……ガキの意地にマジでつき合える程、ヒマじゃねーんだ!」 (ひらり、ひらり)



 形はどうであれ、一方的な攻撃だった。

 いくらかわすのが上手くても、攻撃をしなければやがては追いつめられる。

 そして。


アニキ : 「しまっ……」



 僅かな隙だった。


 ガツン。


 鈍い音がした。



ヒデヨシ : 「……アニキ!」



 もっていたバットに血が滲み、人影が桟橋に倒れる。



アニキ : 「……っ」



 まだ倒れただけ、軽傷だろう。


 だが、もう逃げ場はない。


 バラクーダ東吾は追いつめられていた。



ヒデヨシ : 「……アニキ、立ってください。まだ戦えるでしょう? 俺を……がっかりさせないでください」



 だが、立ち上がらなかった。


 その場に倒れて起き上がろうとしない、バラクーダ東吾はまるで……断罪されるのを待っているかのように思えた。



アニキ : 「……いいんだ、ヒデヨシ。これで、いいんだ……オマエは、俺よりガキだもんな。俺の命を使い潰す事で、オマエがまだマフィアとして生きる道をつなげるんなら……いいんだよ、好きにしてくれ」



 いや、事実、殺される事を待っていたのだ。


 ……この道のりで彼はあまりに多くの仲間を失いすぎた。


 友人、幼馴染み。


 そして何より大切な片腕。


 逃げろ、生きろといわれ逃げ続けている事に疑問を覚えていた。


 このまま生きる事は鉛のように重かった。




ヒデヨシ: 「アニキ……」


アニキ : 「やれよ……」


ヒデヨシ: 「アニキそれでいいんですかっ!」


アニキ : 「いいんだよ、やれよ……アクセルには悪ぃけど……俺、あいつの思い出背負っていきてくの、本当に辛いんだわ……



 このまま生き続けるには……失った存在は、あまりに大きすぎた。



ヒデヨシ : 「……」



 ヒデヨシは無言でバットを奮う。


 腕を振り上げ、粗末な木材で出来たそのバットが虚空をきる。


 その手を。




ローズ : 「やめて!」



 ローズが、止めた。



ローズ : 「もう、やめて……やめて、やめて……アクセルも、ガイお兄さまも、風火サマも、もういないですの……その上、おじさままで奪わないで……ローズ、また、ひとりぼっちになってしまいますわ……あの研究室で化け物と呼ばれていた頃に、戻ってしまいますわ……」



 泣いていた。


 泣いているローズを見るのは、初めてだった。



アニキ : 「ローズ……」


ローズ : 「ヒデヨシ様……」


ヒデヨシ : 「ローズ……さん」



ローズ : 「おじさまを始末なさるなら、先に私を始末なさってくれませんか?」



ヒデヨシ: 「!!」


ローズ : 「どうせ生き残っても、またローズはひとりぼっちですわ。マフィアの世界に残っても、失敗作として始末されるだけですの。だったら、いっその事……」


ヒデヨシ: 「…………」


ローズ : 「大好きなおじさまと一緒の所に行きたいです。お願いできますわよね?」


ヒデヨシ: 「……あ」


ローズ : 「よろしくて?」


アニキ : 「ば、か言うなローズ! オマエはまだ……」




ヒデヨシ : 「バカ言ってるのは誰ですかアニキ!」



アニキ : 「!!」


ヒデヨシ: 「風火さんはアニキに生きて欲しいから、組織を裏切ってまでアニキを助けに来たんじゃないっすか! ガイさんはアニキに生きてほしいから、自分をオトリにしてこの国に残ったんじゃないっすか! アクセルは、アニキに生きて欲しいから……アニキに生きて欲し いからっ、あの場所に残ったんじゃぁ無いっすか!」


アニキ : 「……」


ヒデヨシ: 「それだってのにアニキはまだ死ぬとか言うんですか! 俺が邪魔しただけで死ぬとか!」


アニキ : 「……ヒデヨシ」


ヒデヨシ: 「ローズさん、ひとりぼっちにして……死ぬとか……」


ローズ : 「ヒデヨシ様……」



ヒデヨシ: 「アニキにとって家族(ファミリー)ってその程度のもんなんですか! テメェの生きる信念を貫き通せない程、弱い絆なんですか! 違うでしょう? 家族って、ベタベタ仲良くして口先だけで体裁整えるモンじゃ、無いでしょう!


アニキ : 「……」


ヒデヨシ : 「間違いを正すのも家族でしょう……間違ってるの、誰ですか……」


アニキ : 「そう……だったな」



 バラクーダ東吾は起き上がる。


 目には強い闘志が見えていた。



アニキ : 「悪ぃけど、俺は皆の命背負ってここまで来てんだ! テメェみたいなガキに止められる訳にはいかねーんだよっ……覚悟はいいか、ヒデヨシ」


ヒデヨシ: 「アニキ……」



アニキ : 「俺、ケンカ滅多にしねーから手加減できねーぞ?」



ヒデヨシ: 「……望む所です!」



 改めて二人は対峙する。


 方やバットをもった男と、方や徒手の男。


 明らかに徒手の方が分が悪いように思えた、が。



ヒデヨシ : (……伊達にアンダーボスじゃないな、やっぱ……思ったより、強い。やっぱり、今の俺じゃ……)



 少しずつ、形成が変わってくる。


 徒手だと思った男だが、その場にある武器を巧みに繰り出し少しずつ相手を追いつめていったのだ。


 そして。




アニキ : 「くらえ必殺の、エターナルフォースブリザード!」




 男の拳が、ヒデヨシの腹を捕らえる。



ヒデヨシ : 「あ!」


 その一撃で、ヒデヨシはゆっくり崩れ落ちた。



アニキ : 「……ヒデヨシ! 大丈夫か、ヒデヨシ!」


ヒデヨシ : 「はは、やっぱレベル差あると辛いッスね……ましてや、今回は俺から仕掛けた抗争。防御力255のアニキには、ちょっと及びませんでした……」


アニキ : 「……ヒデヨシ?」


ヒデヨシ : 「い、いいんすよ……気づかいは無用です。早く、高速艇に行ってください……俺なんかに手こずってたら、他の奴ら来ちゃいますよ?」


アニキ : 「だが……」


ヒデヨシ : 「大丈夫ッスよ、正々堂々戦って負けたんすから……」


アニキ : 「オマエ、最初から……」


ヒデヨシ : 「もー、いいっしょ? 俺ここで寝てますから……」


アニキ : 「ヒデヨシ……」


ヒデヨシ : 「さよなら……アニキ、お元気で……」



アニキ : 「ぶ、無事に南の島とかついたら、手紙書くから! 遊びにこいよ! ぜ、絶対だぞ! 店とかやるから、タダで魚とか喰わせてやるからなっ!」


ヒデヨシ: 「……俺がいったらアニキの居場所ばれちゃうでしょーが? ま、いーっす。気が向いたら、いきますよ」



アニキ : 「絶対こい、絶対だ!」



 泣きそうになる、バラクーダ東吾の手をローズが引く。


ローズ : 「……行きましょう、おじさま」


アニキ : 「あ、あぁ……」



 高速艇に乗る。


 二人の影を見つめながら、ヒデヨシは一人、呟いた。



ヒデヨシ : 「あー……ここまでしないと送れねぇんだから、ホント世話かかるアニキだ……」



 そして。


 その傍らに、しっかり手を結ぶ少女の姿と言葉が思い出された。



ローズ : 「大好きなおじさまと一緒の所に行きたいです。お願いできますわよね?」



ヒデヨシ : 「はぁ……」



 高速艇が出る、音がする。



ヒデヨシ : 「失恋ってこんな気分なんすかねぇ……」



 船はゆっくり、港を出ていく。


 桟橋に倒れた人影は、ただぼんやりと空を見ていた。




 程なくして、ニューヨークで勃発したマフィア同士の抗争は沈静化していった。


 新たに現れた新勢力と、以前より残る旧体制。


 その二つが棲み分けをする事で、ニューヨークの街は以前と同様の落ち着きを取り戻していた。


 あるモノは新たな勢力として活躍し、そしてまた、あるものは古い体制の中で生き続ける。

 だがその裏社会に……バラクーダ東吾の姿はもう、なかった。





 そして、それから後。


 とある日、とある場所で…………。



アニキ : 「ヒマだなぁ……」



 ただよう波を眺めながら、彼は誰もいない店内で留守番をしていた。


 それも当然だろう。


 廃材と人の善意を利用して作られたこの島唯一の宿泊施設は、島民全員が自宅を持つ上、観光地でもないこの島でそれほど利用価値がないからだ。



 たまに来る客人といえば。



近所のガキ : 「おーい、バラクーダのあにきー! ねこ! ねこ生まれたよ、もらってくれよー!」



 島では誰より魚を捕るのが上手い小さな友人たちばかり。



ローズ : 「ねこ! ……ねこですって、おじさま。見てきていいですか?」


アニキ : 「いいよ……でも、触る時は優しくな?」


ローズ : 「わ、わかってますわよ……ねこ……見せてくださいませっ」




 特別はない。


 平穏だけがある毎日が、静かに過ぎる中。



 その日も何時もと同じように過ぎていくのだろう。


 そう思い椅子を傾け本を読み始めるバラクーダ東吾の耳に、懐かしい声が入ったのはその時だった。




カラミティ・ガイ(ガイちん) : 「バラちゃん、久しぶりだな!」



 十年来の付き合いがあるこの声を聞き間違える事なんてない。


 振り返ればそこには、懐かしい幼馴染みの笑顔があった。




アニキ : 「ガイちん!」



 驚き振り返り、思わず本を取り落とす。

 床には 「悶絶団地妻の誘惑〜奥さん、本当に淫らなんですね」 というタイトルの本が落ちた気がしたが、別にそんな事はなかった。




ガイちん : 「必ずこい、って言われたからな……はは。遅くなったが、来てやったぜ」



 常夏の南国。


 赤道直下の島には不似合いな程の黒いコートを着ていた男の頬には、以前にはない傷が増えている。


 ……あの時、自分を逃がす為についてしまったのだろうか。


 整ったガイの頬には痛々しい程の傷が刻まれていた。




アニキ : 「ガイちんっ……それっ、その傷……」


ガイちん: 「ん? ……あぁ、厳つい顔になっちまっただろう? でも、俺の商売ではいい宣伝になるな」


アニキ : 「……俺のせいだろ、それ……ごめん」


ガイちん: 「違うな、俺が間抜けだっただけだ……それに、以前までの顔は、この商売やるにしては綺麗すぎた。この位で丁度良いんだ」



アニキ : 「それでも……ごめん」


ガイちん: 「…………そんな顔するなと言ってるだろうが! 大体、バラちゃん。約束が違うだろうが」


アニキ : 「約束?」


ガイちん: 「オマエは、俺が店を訪ねた時は 歓迎してやる って言ったんだぜ……そんなしょっぱい顔が、歓迎しているって雰囲気か?」



 そういいながら、ガイはバラクーダ東吾の鼻先をつまむ。



アニキ : 「そう、か……そうだったな! いらっしゃいませ、ガイちん! 俺の店にようこそ! 歓迎するよ」


ガイちん: 「……もっと歓迎できないのか?」


アニキ : 「? と、いいますと?」




ガイちん: 「だから、久しぶりに幼馴染みとの再開なんだから! もっと、ハグとか! チューとか! 感極まって裸身を晒すとか、そんな熱烈な歓迎があってもいいと、俺は思うんだけどなぁ!!!」




アニキ : 「明らかに熱烈すぎる歓迎、お兄さんどうかと思いますよ!!!」



ガイちん: 「しないのか?」


アニキ ; 「出来る訳ないだろう。え、えっちなのはいけないと思います!」



ガイちん: 「なんだ、残念だ……」 (がっかり)


アニキ : 「がっかりしている! 本気でがっかりしているよこの人! でも……」



 バラクーダ東吾は、そこで一度言葉を切るとガイの腰を強く抱きしめる。



アニキ : 「…………おかえり、ガイちん」


ガイちん: 「あぁ……ただいま」




 波の音が僅かに聞こえる。


 常夏の楽園は今日も平穏に時を刻んでいた。



アニキ : 「あ、そういえば風火も来ているんだよ」


ガイちん: 「風火が? ……何でまた」


アニキ : 「何でも、怪我したから療養ついでに休暇とって遊びに来たんだと。今、砂浜に居ると思うよ」


ガイちん: 「そうか……」


アニキ : 「久しぶりに顔、見ていくか? ……砂浜も見て行けよ、綺麗だぜここの砂浜」


ガイちん: 「そうするか」



 バラクーダ東吾に手を引かれ、案内された砂浜は彼の言う通り。


 エメラルド色に輝く海と白い砂浜が続く、小さいが美しい浜辺だった。


 その中でハンモックに揺られた見覚えのある人影を、ガイはバラクーダ東吾より先に発見する。



ガイちん : 「風火、久しぶりだな」



 風火も気付いていたのだろう。


 ゆっくり身体を起こすと、不器用な笑顔を向ける。



風火 : 「カラミティ・ガイか……元気そうで何よりだ」


ガイちん : 「オマエの方も……どうだ、あれから」



風火 : 「何も変わらんよ、晴れ時々銃弾の雨を渡り歩いている。オマエもそうだろう」


ガイちん : 「……そうだな」




 ガイは頷き、近くにある椅子に腰掛けようとする。


 手作りだろうか。

 不格好だが、随分と使われてないように見えるその椅子に座ろうとした時。




アニキ : 「それに座るなッ!」




 いつになく激しい調子で、バラクーダ東吾が声をあげる。

 驚くガイに、自分が声をあげすぎた事に気付いたのだろう。


 バラクーダ東吾は申し訳なさそうに頭を下げると。



アニキ : 「ガイちんにはいい椅子があるんだよ。ほら、こっち」



 何処から、見栄えのする白い椅子をもってきた。



アニキ : 「あ、俺何かカクテルでもつくってもってくるよ。どうせ飲むんだろ、ちょっと待っててな」



 そして、すぐに店の方へと引き返していく。




ガイちん : 「……何だ、バラちゃんらしくない。凄い剣幕だったな」


風火 : 「……気にしないでやれ、仕方ない事だ」


ガイちん : 「でも、壊れそうな椅子に座ろうとしただけであの剣幕だぜ。あいつ、滅多に怒らないのが取り柄みたいな奴なんだがなぁ……」


風火 : 「その椅子は」



 風火は身体をおこし、輝く海を遠い目で見つめる。



風火 : 「…………アクセルの椅子だ」



ガイちん : 「!!」


風火 : 「ローズのハナシだと、この島にきたアイツが真っ先にしたのが、その椅子を作る事だったそうだ。 いつか、あいつが戻ってきた時に……この島で一番綺麗な海が見える場所で、ゆっくり休んで欲しいと……」




 不格好な椅子だった。


 座るとガタつくのは目に見えていた。



風火 : 「そんなガタガタの椅子でゆっくり出来る訳ないのにな」


ガイちん : 「そうか……」



 バラクーダ東吾がもってきた椅子にこしかけ、海を眺める。

 暫く後、ガイは何か思い出したような表情になり口を開いた。



ガイちん : 「風火」


風火 : 「……何だ?」



ガイちん : 「……何で、俺たちはバラちゃんを逃がすのに、あんなに必死だったんだろうな」


風火 : 「守りたかったからだろう」


ガイちん : 「オマエも、バラクーダ東吾をか?」



風火 : 「いや……故郷をだ」



 何処からか子供たちがはしゃぎまわる声が聞こえた。



風火 : 「実はな。私は……純粋な華僑じゃない。混血児で……組織では厄介者扱いされ、長く冷遇されていた……スパイなんて仕事を任されたのも結局、ハンパものだった私の扱いに困ったからだろう」


ガイちん : 「……そうだったのか」


風火 : 「組織には何処にも私の居場所なんて、なかったよ。だが……バラクーダ東吾の家族(ファミリー)になった時、私は初めて居場所がある実感があった」


ガイちん : 「…………」


風火 : 「帰れる場所は、ここだ……何時しか本気でそう考えるようになったよ。そう……私は彼を。帰れる場所を……故郷を、守りたかったんだ」



 戯れる子供たちに混じって、ブロンドの少女が笑う声もきこえる。


 どうやら、ローズが猫と遊んでいるらしい。


 猫の首がもげたりしないだろうか。

 ガイはそんな心配をしながら、風火の言葉を聞いていた。




風火 : 「…………だが、オマエもそうだったんじゃないのか?」


ガイちん : 「そう、だな……」


風火 : 「……私たちは、故郷を守る事が出来た。だが……肝心の、バラクーダ東吾の故郷は……」




 空になった椅子がぽつんと、海辺を眺めている。




風火 : 「……あいつの故郷も、守ってやりたかったな」


ガイちん : 「あぁ……」




 椅子は持ち主がないまま、それでもその場にあり続けた。


 綺麗な、思い出とともに。




アニキ : 「おまたせー、カクテルもってきたぜ。 バラクーダ東吾特性、メチルアルコール入りカクテルだ!」



 その時、店からバラクーダ東吾が戻る。


 さらりと危険な物質が入っている発言があったが、気にしてはいけない。




ガイちん : 「の、飲めるのかそれ」


風火 : 「頂こう」


ガイちん : 「!! 風火大丈夫か! メチルっていってたぞ、死ぬぞ!」


風火 : 「アルコールであれば飲む! それが我が生き様だ……」


ガイちん : 「そうか、その生き様に終止符を打たないように気をつけてくれ」




 風火に付き合い、グラスを傾ける。




風火 : 「あぁ……しかし久しぶりにニューヨークの知り合いと飲む機会があったな」


ガイちん : 「あぁ。これでヒデヨシもいればいいんだろうが……」



アニキ : 「ヒデヨシなら、多分、今日あたりくるぜ」


ガイちん : 「そうなのか?」


アニキ : 「あぁ、あいつ、毎月月末になると遊びに来るんだ、ここに。花束とか、ぬいぐるみとかプレゼントにもってな!」



ガイちん : (ローズのためだな)


風火 : (あぁ、ローズのためだ……)



アニキ : 「気を使わなくてもいーのにな、俺にバラとか。くまのぬいぐるみとか、似合わないってーの!」



風火 : (いや、どう考えてもローズの為だろ!)


ガイちん : (というか、バラちゃんの為だったらこのカラミティ・ガイ。ファミリーの一人とはいえ容赦せん!)



アニキ : 「案外、そろそろ来るかもな……ん?」




 ドドドドドドド。


 水平線の向こう側から、圧倒的力量を持つスタンド攻撃でも受けているかのようなエンジン音がする。



風火 : 「バラクーダ東吾、船がくるようだぞ」


ガイちん : 「そうだな、近づいてくるようだ……」



 ドドドドドドド。


 音は確実に近づきそして……。




風火 : 「やばい、突っ込んでくるぞ!」


ガイちん : 「逃げろ!」


アニキ : 「ほえー」



 ズッギュゥーン!


 銃弾が鉄板を打ち抜くような音をたて、一台のクルーザーが海岸へ乗り上げてきた。




ヒデヨシ : 「こんちはーっす! ローズさんっ、今日こそ俺の熱い気持ちとともに、これを受け取ってもらうっすよ!」




 見覚えのある男が、常夏に似合わぬタキシードとバラの花束をもって現れる。




風火 : 「…………」


ガイちん : 「何やってるんだ、ヒデヨシ?」


ヒデヨシ : 「あ! ふ、ふ、風火さん! ガイちんさん! あ、あの。これは、そのー。えっと、最近の紳士の社交場ではタキシード姿で南国に行くのが流行っていると聞きまして……」


風火 : 「言い訳はしなくてもいいさ……何処でどんな格好をしようと、自由だからな」


ガイちん : 「同感。というより、俺もここで黒コートだしな」


ヒデヨシ : 「あはは……ところで、アニキは?」


風火 : 「バラクーダ東吾なら……」



アニキ : 「ばたんきゅー……」



風火 : 「おまえがクルーザーではねたが?」


ヒデヨシ : 「!!! アニキー、アニキ大丈夫ですかー!!!」



アニキ : 「生まれかわったら漫画家になりたい……」


ガイちん : 「ギャグ日か! しっかりしろバラちゃん! ここは人口呼吸で……」


風火 : 「呼吸はしっかりしている、人口呼吸は不要だ……というか」



アニキ : 「って、死んだらどーする!」 (むくり)



風火 : 「バラクーダ東吾はギャグキャラだからな、この位では死なないだろ」


ガイちん : 「タフだよな、バラちゃんは」


ヒデヨシ : 「タフとか以前にどうかと思うッス」


アニキ : 「……って、何か久しぶりだなヒデヨシも! どうした、今日はえらいおめかしして……」


ヒデヨシ: 「あ!」 (今日こそローズさんと恋仲になる為にきた、なんて、恥ずかしくて言えないッス……)


アニキ : 「パーティ。パーティか?」


ヒデヨシ: 「!! そ、そうっす! おれ、皆さんと鍋パーティやろうと思っておめかしして来たッスよ!」



ガイちん : (南国で鍋だと!)


風火 : (しかもタキシードをする程のパーティなのか、それ!)


アニキ : 「あはは、そりゃいいや! じゃ、今日は皆で闇鍋パーティだな! よし……ローズ、戻るぞー! 久しぶりに皆が来たから、今日は派手に騒ごう!」




 バラクーダ東吾の声に気付き、ローズが小走りで戻ってくる。


 頭には小さな猫が一匹、乗っていた。



ローズ : 「はいですの、おじさま!」


アニキ : 「ん……どうしたんだ、ねこ?」


ローズ : 「あ、あの……この子が、どうしてもきたいと言うから、つれてきましたの! だ、駄目ですの?」


アニキ : 「ん、いいぜ別に……大事にするんだよ?」


ローズ : 「はいですの!」



 ローズは強く猫を抱きしめる。


 心なしか、猫が苦しそうにうめいた気がした。



アニキ : 「よし、じゃぁ飯をつくるの手伝ってくれ!」


ローズ : 「はい、私、一生懸命作りますわ!」



ヒデヨシ : 「ローズさんの手料理……ぜ、是非頂きます! よし、ローズさんの手料理を頂いてから、俺のこの熱い気持ちを伝える、今日こそ……」



風火 : 「どう思う……」


ガイちん : 「ローズの飯を食ったなら、もう動く事は出来まい……今日、気持ちを伝えるのは無理だな」



 ローズの料理は、通称ポイズンクッキング。


 食べたら病院送りの仕様である。


 風火とガイは、ヒデヨシの健康を祈った。



アニキ : 「何やってんだよ、皆! 行くぞー!」


風火 : 「あぁ、わかった……今行く」



 バラクーダ東吾の声に従い、皆彼について行く。


 平穏な島。


 久しぶりに賑やかな一時が訪れていた。


 ・

 ・

 ・


 宴は瞬く間に終わり、海と大地と生命を照らした光は一時の休みを得る。

 夜の闇の中、バラクーダ東吾は、昼間、風火が陣取っていたハンモックに揺られながら海と空とを見ていた。




ローズ : 「おじさま」


アニキ : 「ん……あぁ、ローズか」


ローズ : 「店に、おじさまの姿がなくて……探していたんですけれども、見あたらないから……ここに、いらっしゃったんですね」


アニキ : 「あぁ」


ローズ : 「……今日は店に戻りませんの?」


アニキ : 「そうだな……戻りたい所だが、うちの店、狭いからなぁ。俺はここで今日は寝る事にするよ」


ローズ : 「だったら、私も……」


アニキ : 「ローズはオマエの飯を食って倒れたあいつの看病をしてろ」


ローズ : 「は、はい……おじさま、おやすみなさいませ」


アニキ : 「ん、おやすみ」



 ローズはネグリジェの裾をふわりとなびかせ、小さく頭を下げてからその場を去る。


 一人、残されたバラクーダ東吾は輝く星と月とを見ていた。




アニキ : 「今日は久々に皆が来てくれて、賑やかだったなぁ……」




 虫とも鳥ともつかない生き物の声が微かにする。




アニキ : 「でも……全員じゃ、無いんだよな。ファミリー全員じゃ……」




 バラクーダ東吾の目は、自然と歪んだ椅子に向けられる。


 持ち主のない椅子は浜辺に向けられたまま、誰も座る事なくただ置かれていた。




アニキ : 「…………アクセル」




 波の音が静かにする。


 涼しい風が頬を撫で、微睡みの世界へ彼を誘う。



 夢の世界に入りかけたその時。




??? : 「…………そんな所で寝たら、風邪ひきますよ。アニキ」




 声がした。


 …………もう、思い出の中にしか存在しないはずの声が。



 慌てて飛び起き、周囲を伺う。


 ……人の気配はしなかったはずだが。



 微睡みの入り口で、夢でも見ていたのだろうか。


 そう思い周囲を見るバラクーダ東吾の目に、一人の少年の姿が映る。



 ぎこちなく笑う、少年の顔は以前見た時と変わらない。


 綺麗な、思い出の中に居る姿のままだ。




アニキ : 「あ…………」




 声が、出なかった。


 言わなければいけない言葉が、あまりに多すぎた。


 沢山の言葉が頭の中に渦巻く。



 その中で、バラクーダ東吾は、一番に言おうと思っていた言葉だけを何とか引き出した。


 バラクーダ東吾はハンモックから起き上がると、それまで持ち主のいなかった椅子をひく。

 そして笑いながら……零れそうになる涙を必死でこらえて、精一杯の笑顔をみせ、現れた少年に言った。




アニキ : 「……おかえり、アクセル」




 月光は夜の闇のなかでも、暖かく彼らを照らしていた。






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