>> 軍師様は見た! 〜 華麗なエリート家系に渦巻く愛欲。小覇王と呼ばれた男の秘密とは。





 その日の朝私を出迎えたのは、使用人の挨拶でもなければ陸遜の冷笑でもない。

 堆く積まれた陳情書の山であった。


 「うわっ、何だコレは」


 あまりの光景に唸れば、陸遜の顔に冷笑が浮かぶ。


 「何言っているんですか、孫権様。見て解るでしょう。陳情書ですよ、陳情書。全く、顔だけでなく目まで悪くなったんですか」



 
挨拶もそぞろに非道いよ陸遜!



 というか、顔だけでなく目もって流石に非道いだろう。

 確かに私は、対岸から見ても美少年だとわかるお前とは比べれば美形レベルは低いかもしれないがなぁ。



 それでも私、そんな顔に著しい不手際があるとは思わないよ。

 むしろ、 格ゲーだった頃のお前 と比べたら……。



 「おや、気付いたら私の手に毒矢が」



 
!!!



 あ、いや、その。

 いやもう、
無双に格ゲーの頃なんてなかったな、うん!



 「えぇ、格ゲーの頃なんてありませんでしたよ。私にも、趙雲殿にも、尚香様にも、格ゲーの頃はなかったんですよ」




 
そうだな、たしかにその辺の奴らには、過去の自分は無かった事にされているんだろうな。



 「それに、確かに顔が悪いというのは言いすぎだったかもしれませんね。孫権様も、裸眼視力0.2位の方が、黄忠様が射た矢が失速して落ちる場所あたりから見れば美形に見える時もあるでしょうから」




 
それは、美形に見えないの同義語だ!



 「はいはい、それよりさっさと仕事を片づけましょう。ここ以外にもほら、まだこれ。こんなに陳情書がたまっているんですからね」



 陸遜はそういいながら、私の机に陳情書をぶちまける。

 いや、お前が話を脱線させているんだろうに……。



 「というか、陸遜。お前、手伝ってくれないのか、流石にこの量の陳情書を一人で片づけるのは無理そうなのだが……」


 「私、軍師ですんで。孫権様と違って忙しいんで無理です」




 
皇帝だって忙しいよ!



 「窓から外を眺めて鳥の数をかぞえたり、鼻歌を歌いながらガーデニングに勤しんだりと。本当、イロイロ大変なんですからね」



 しかもそれ、
忙しくないの同義語 だろうが!



 「あぁ、ガーデニングって言っても別に、クローゼット的なもののなかで吸う奴を育てている訳ではありませんからね」




 
当たり前だよ!


 煙草も、煙草以外の吸う奴も。

 育てたり吸ったり所持したりは駄目だよ、絶対ッ!



 と。

 そう思ったがとにかく私は、もーこんな奴は無視する事にして陳情書を片づける事に専念する事とした。

 この量は膨大だが、このまま陸遜に頼んでも 全く聞こえない振りをして一切手伝ってくれない か。



 「じゃあ、練金術最大の禁忌であるという人体錬成に挑戦してみてください。そしたら手伝いますよ」



 なんていう、明らかに過剰な代償を求めてくるに決まっているからだ。



 「さて、始めるか……」


 意を決して、陳情書を手に取る。


 「えー、何だ……飼っていたイヌの行方がわからなくなりました。探してください、と……こっちは何だ、家出した娘をつれもどして欲しい。これは、祭の手伝いが欲しい、か……」



 しかし、今日の陳情は随分と庶民的というか、雑用的なものが多いな……。



 「どうしたんですか孫権様。仕事が終わらないんでしたら、全身の皮という皮を剥ぎ取らせてくれれば手伝いますが……」




 
予想通りの過剰な代償!


 って、全身の皮って。

 バッファロー・ビルかお前は。



 「いや、実はこの陳情書なんだがな……量が多いというのもそうなんだが、内容もいつもと違うモノが多くて戸惑っている所なんだ」

 「内容が、ですか」

 「あぁ、ほら……」



 と、私は陸遜の 生皮はがしてもよかとですか? 発言は一切聞こえないものとして、既読の陳情書から二つ、三つ引っ張り出して陸遜の前に出す。



 「人探しに祭りの手伝い、これなんてイヌ探しだ。ほら、今までこの手の雑用みたいな陳情書なんて来た事はなかっただろう」



 通常、陳情書といえば 新しい技術開発のための資金援助依頼 やら。

 城壁の補修依頼 やら、 大口の米取引依頼 といった比較的規模の大きいモノが多く、このような庶民的なモノは大概屯所で止まる事が多い。

 だいたい、イヌ探しなんて一国を担う君主がしゃしゃり出る話しでもないだろう。


 そう思い、陸遜にそれを見せると、陸遜はさも当然といったように頷いてみせた。




 「そうですか、それは良かった。
伝令はきちんと伝わっているようですね」


 
「……は? 何それ、でんれー。つんでんれー?」


 「はい。いや、実は 
前回、私の華麗な推理で呂蒙殿殺人事件を見事に解決したでしょう」



 前回というと……アレか。


 あの。

 
お前が呂蒙を殺しかけた、あの事件 か。



 「えぇ、孫権様を犯人にし損ねた、あの事件です」



 
やはり、計画的犯行だったのか!


 いや、まぁ、それはもういいとして。

 しかし、あの 私が濡れ衣を着せられそうになった事件 と、この 雑務ばっかりの陳情書 と、一体何の関係があるっていうのだ。



 「えぇ、あの事件を華麗に解決して以来私、事件を解決するのが快感になってしまいまして」



 そうか、
迷惑な話意外の何者でもない な。



 「それで、何か事件っぽいことがあったら率先して陳情するようにと、昨日からお達しを出したと、つまりそういう事です」



 はーん、なるほーどねー。



 
余 計 な 事 を 。


 と、思ったが口に出してしまってはいけない。

 口に出してしまったら。



 「文句があるんですか、ちょうど朱然部隊が暇そうですから、そのヒゲともみあげをピンポイントに火計にしましょうかね」



 とか、言われるに違いない。




 「つまり、この雑務の陳情書はお前が伝令を出したから、という事か」


 「はい、その通りですよ。孫権様。いやはや、孫権様は性格は悪いですけれども物わかりがいいので助かります、はい」




 
性格に関して、お前に言われたくはない。



 「と、言う訳で孫権様。何か、その。事件的な匂いのある陳情を見つけたら私に知らせてくださいね」



 陸遜はニッコニコしながらそんな事を言うが、陸遜の期待とは裏腹に陳情書の内容と来たら喧嘩の仲裁に人探し。

 果ては、軒下に生まれたネコがかいきれないから引き取って欲しいという、ネコの里親探し等ばかりだ。


 ネコの里親探しなんて。

 朝起きたら店の前に6匹のネコが捨てられていた店主には申し訳ないが、陸遜の興味はひきそうにない。


 だが、そうか、六匹もか……。

 皆子猫なのだろうか、六匹……多いか……しかしうちは広いし、繊維性の家具もないからいけるか、むしろ六匹ならいけるな。

 よし、六匹ならいける。いけるな。


 いけるよ。

 イケル・カシージャスだ!


 しかしネコを可愛がる姿なんて、君主が見せるべき姿ではないかもしれんな。


 つれてきたネコにも厳しく、厳粛に接しなければな部下にも示しがつかないだろう。

 そう、厳粛に……。


 厳しく洗ってやって、厳しくふいてやって、厳しく餌をあたえて。

 厳しく膝にのせて厳しく腹の毛をもふもふして、厳しくいっしょに寝てやるんだ。



 
あぁ、駄目だネコ6匹と生活すると考えただけでニヤニヤが止まらんっ、どうしてくれるんだ!




 「何二ヤけてんですか」



 等と思っていた私の頭に、陸遜のおみ足が飛んできた。



 「さっきから見てれば陳情書もみないでニヤニヤニヤニヤ。それで貴方、
探偵助手としての自覚があるんですか」



 いや、そもそも助手になった覚えはないんだが。

 というか……。



 「す、すまん陸遜。確かに私は現実逃避していた、温かくて丸くてふわふわしてニャーと鳴く生き物に思いをはせ、手をとめていたよ。その点は私の失態だ、謝ろう。だから、その足をどけてはくれんか。というか……。」


 「はい?」


 
「君主足蹴にする軍師が何処の世界に居るんだよ、陸遜ッ!」



 私の叫びに、陸遜はしれっと言った。



 
「イヤだなぁ、孫権様。これは、貴方の頭を、足で撫でているだけですよ」




 
物は言い様だな、ホントに!



 「というか、何か事件はないんですか。殺人事件とか、密室殺人とか、時刻表を使ったトリックとか……」


 陸遜はそう言いながら、陳情書をのぞき込む。



 「いや、流石にそういうのはないな……」



 というか、殺人事件はまだしも 時刻表 は流石に我々の領域ではないと思わないか、陸遜。

 そういうのは、9時から二時間ほどかけてやっているサスペンス番組にでも任しておくのがいいだろう。



 「それじゃ、二股とか不義密通とか不倫とか、そういった道ならぬ恋関係の話題は」

 「そういうのも……なさそうだな」



 というか、二股も、不義密通も、不倫も、ようするに浮気って事だろう。

 そういうのは、昼の時間帯にやっているドラマにでも任せておけばいい。



 「なんだ、探偵やるぞって伝令出したからもっと、殺人事件とか不倫調査とかあると思ったんですが、案外そういう事件は来ないんですねぇ」



 私の報告に、陸遜は僅かに落胆した色を見せる。

 というか、お前の探偵像は殺人事件か不倫調査か。



 「まぁ、初日だしな。いずれはそういう事件にも巡り会えるだろう」



 私はとりあえず、目先にある陳情書をどうやって片づけようかと考えながら適当な相づちをうつ。

 その時。



 「あ、あのっ……すいません」



 聞き覚えのある声の後、一人の女性がおずおずと姿を現す。

 見覚えのある華奢な身体と、遠目から見ても美しいその姿は義理の姉である、大喬義姉(あね)上様だ。



 「義姉上様。どうされたのですか、こんな所に……」



 大喬義姉上様は、普段滅多に私の部屋にはこない。

 以前、どうして義姉上様は私の所に来ないのだろうか、と妹の孫尚香に聞いた所、尚香は。




 
「権兄さまの部屋ってなんか、雨の日の体育館みたいな臭いがするからいきたくないって義姉さまが言ってたわよ」



 なんて言っていたが、きっと遠慮深い義姉様の事。

 私に遠慮をしているだけだろう。


 私の部屋はそんな体育館の臭いなんてしない、むしろもっとフローラルな……野に咲くバラのような、素敵な香りがするはずだ。



 「そうですよ、大喬様がこの部屋に来るなんて……すいません、大喬さま。この部屋、雨の日に体育館を掃除したモップみたいな臭いするでしょう」




 
だからそんな変な臭いしないって!



 私の部屋はそんな、運動部の汗と涙をふき取ったモップみたいな臭いしないよ。

 どうしてお前ら、私の部屋をそんな体育館臭にしたいんだよ。



 「それより、どうしたんですか義姉上。私に、何か……」



 とにかく、義姉上が来るというのならよっぽどの事があったのだろう。

 私は陳情書を読むのを辞め、義姉上の方を向く。


 その瞬間。



 「うっ……孫権様。孫権さまっ……。」



 急に嗚咽をもらしながら、大粒の涙を零し義姉上が泣き出した。



 「え、あ……義姉上様、ど、どうされたのですかっ」



 義姉上は私の問いかけにも答えず、その場にしゃがみ込み涙を流す。

 これは、一体……。

 いや、よっぽどの大事件がおこったに違いない。



 と、思ったら……。



 
「この破廉恥学園二期生がーッ!!!



 なんていう、謎の叫び声とともに陸遜に殴られた。



 しかもただ、殴られただけではない。

 
連舞ゲージマックスの通常攻撃で、だ。



 どうやら、今回の陸遜は無双5規格らしい。



 「なっ、何するんだ陸遜ッ。いきなり連続で滅多打ちにするなんてっ……」

 「孫権様こそ、見損ないましたよ……」



 何で、私、何かした?



 「確かに孫権様は孫策様と比べてみれば、
顔も性格も武力も性能も人気もなにもかも圧倒的大差をつけられて負けています。でも、だらって、腹いせに孫策殿の妻である大喬様を手込めにするなんて、全く。不貞不貞しいにも程がありますよ!」




 
おい、勝手に決めつけるなッ!!!



 だ、だいたい全てにおいて劣っているって決めつけたけどな。

 私、兄上より確かに至らない部分も多いだろうが、身長はっ。身長だけは、兄上よりあるんだからな!


 それに、いくら何でも兄上最愛の女性である大喬義姉上にそのっ。

 ナニか、するとでも思っているのか。


 そんな事、私がしそうに見えるとでもいうのか。



 
「しそうに見えますし、思ってますが、何か」



 
断然非道い!



 「それなら、逆に問おう。私がアプローチしたら、大喬義姉上さまがなびくと思っているのか?」


 「ああ、
それはあり得ませんね。孫権さまのフェロモンは、発情期のイヌしか効果が及びませんから」



 
誤解はとけたが、なんか不本意だ!



 「全く……それより、どうしたのですか義姉上様」



 泣き崩れる義姉上の前に跪き、なるべく優しい声で問いかけるとようやく義姉上も落ち着いた様子で、幾度か深呼吸の後。

 泣き腫れた目をこちらに向けて、こんな風に語り始めた。



 「あ、あの……孫権さま。孫権さまは、今、探偵のような事をなさっているのですよ……ね」

 「は、はぁ……」



 私がしているのではなく、
陸遜が勝手にしでかしているだけだが。



 「それで、あの……し、調べて欲しい事があるのですが……」



 だが、ある種の覚悟を秘めてこの場に来ている
(であろう)義姉上にその事実を告げれば、衝撃を受けこの場から逃げ帰ってしまうかもしれない。

 ここは一つ。

 こちらも覚悟を決め、義姉上の話を聞くべきであろう。



 「解りました。義姉上の頼みであれば、この孫仲謀、惜しむ力などありません。それで、一体何が……」



 そう問いかける私に、義姉上が言った言葉は。



 「実は……孫策様が、そのっ……う。浮気を、されているという噂を聞いたので、それを調査して頂きたいのです……」




 
私の想像、その斜め45度上を行く、まさに予想外の出来事だった。



 「え、あ……まさか」



 まさかそんな、何かの間違いでしょう。

 そう言いかける私の言葉を陸遜の奴は、
強引な強攻撃で半ば強制的に止める。




 
「それは面白そう……もとい、それは大変ですね。その依頼、私たちが引き受けましょう!」



 いや、ちょっと待て陸遜。

 そう言いたかったが、強攻撃で軽く気絶状態になってしまった私は、抗議する事など、到底出来ないまま。


 遠のく意識の中。

 陸遜に引きずられながら、兄上の身辺調査を始める事になるのだった……。



 「で、気付いたら兄上の部屋に居た、という訳なのだが」



 結局陸遜に引きずられ、兄上の部屋まで強制的につれてこられていた。



 「仕方ないでしょう、孫権様気を失って起きてくれないんですから」



 いや、途中から意識を取り戻して。


 
「痛いよ陸遜マジで足だけもってずるずる引きずるのとかマジで勘弁。私は大八車じゃないんだから……って、引きずるのが駄目だからって押すのもやめてくれ、頭が、頭が床にこすれるよっ、ライン引きみたいにがりがり床を削ってるよマジで痛い痛い痛い痛い、やぁめぇてぇ!」



 って、言ってたんだが。



 「そうでしたか、聞こえませんでした」




 行き交う女中が私の声に驚いて振り返る程の大声で言ったぞっ。

 それを、どうして気付かないんだお前は!



 
「iPod聞いていたもので……」



 
何時にもまして非道い言い訳だな、おい!




 「ま、そんな事。どうでもいいんで、さっさと捜査を始めましょう」



 しかも、私の全身が擦過傷だらけになった事は一言。

 どうでもいいで片づけられてしまった……。



 くやしいのぅ、くやしいのぅ。



 「……しかしまさか、兄上の部屋を調べる事になるとはな」



 久々に入る兄上の部屋は、以前来た時とそれほど代わりはない。

 質素で飾り気のない部屋だが、家具は義姉上が選んでいるからだろう、洗練されたセンスを感じる。


 私の部屋とそれほど大きさは代わりないはずだが、モノが少ないからか。

 私の部屋より、幾分か広く見える。



 「確かに、孫権様の部屋は酒瓶とか周泰殿とかが転がっているから、足の踏み場もない状態ですもんね」



 そんな、私の部屋が片づいてないみたいな言い方するな、失敬だぞ陸遜。



 
あと、周泰と酒瓶を同列に並べるなッ!



 だいたい、別に周泰は私の部屋にしょっちゅう来る訳でもないんだぞ。




 「そうですね、孫権様は通い妻ですから……」




 
私が周泰の家に出かけている訳でもないッ!



 だいたい、お前はあたかも周泰が私の傍に常に居る風に扱っているけど、別に常に居ないからな。

 そんな、どこぞのバリューセットみたいに、ハンバーガーを買うとご一緒にポテトもついてくる感覚で、私が居ると一緒に周泰がついてくるみたいな事、断じてないんだからな。



 「そうですね、お二人の関係。バリューセットみたいに、お安くもないですからね」




 
誰がうまいこと言えと言った!!!



 じゃなく。

 だから、ないからな。


 そもそも、そういう関係は一切ないからな。(大事だから二回言いました)



 「……しかし、兄上が浮気なんて、俄に信じられないがな」



 兄上の部屋を眺めながら、私は無意識にそう呟いていた。


 兄上は強く雄々しく、豪快で男気もあるが、如何せん不器用な人だ。

 浮気なんて出来る甲斐性は持ち合わせていないと思うのだが。



 「確かに、孫権様の仰る通り、孫策様は一本気で不器用な方。浮気する程世渡り上手には見えませんが、あの方は孫権様と違ってモテますからねぇ。孫策様が望まなくとも、相手の方から積極的にアプローチされ、断り切れずなし崩し的に……というのも、あるかもしれませんよ」



 ……確かに、それはありそうだ。

 ありそうだが。



 
私と違ってモテるとか、その部分はいらなくないか、陸遜。



 「ま、詳しくは調べてみれば解りますよ。全く証拠を残さずに逢い引きをするってのは不可能ですから、それらしい所をちゃちゃっと調べちゃいましょう。ほら、早くしないと孫策様が帰ってきますからね。」


 「あぁ、そうだな……しかし、いくら兄弟の部屋とはいえ、こう、勝手に調べるというのは……」


 「かといって、孫策様に気付かれてしまっては証拠隠滅の恐れもあるでしょう。ほら、つべこべ言わずさっさと調べるッ。 
かにかに、どこかに。カニカーソルで調べてや」



 
陸遜、唐突にそのネタ、今のちびっこには通じないぞ!



 「こう言いながら調べれば、奥においてあるぬいぐるみがヒントを喋ったり、ベッドの上にパンティが見つかったりするかな、と思いまして」



 だから今のちびっ子にはそのネタ全く通じないって言ってるだろ。

 お前、
一体幾つの年齢層をターゲットに笑いをとろうと思っているんだ!




 「すいません、孫権様。実は、孫策様の部屋があまりに色気がなくて、がさ入れしがいのなさについ、飽きてしまいまして……」



 飽きたからってそういうネタ、どうかと思うよ本当。



 しかし確かに陸遜の言う通り、兄上の部屋は必要以上にモノがない。

 武具っぽいものやら、鍛錬用の道具っぽいものはチラホラ見受けられるが、所謂 「女人の影」 というもの、その一切を感じないのだ。



 「まぁ、浮気相手が女とは限りませんからね……」



 なんて、陸遜がなんか物騒な事言っているので一応その線での捜査も行ってみる事にしたが。



 「周瑜殿か、太史慈殿の痕跡を探せばいいんですよ」



 という陸遜の助言も空しく、それらしい証拠を見つける事などできなかった……。


 いや、まぁ、兄上の事だ。

 元々、浮気なんてしている訳ないのだから、証拠が見つからないのは当然だが。



 「参りましたね、まさか孫策様がこれほどまでに浮気の証拠を消す技術に長けているとは……」




 
そこで、どうして浮気してないって結論に行かないんだ、お前は。




 「事件は振り出しに戻ってしまいました」



 うん。

 というか、義姉上の早とちりって事も充分にあり得るからね。


 そもそも事件なんて最初からなかったと考えるのが、こうなると妥当だろう。

 ここは、兄上の浮気なんてなかったと報告して、義姉上に安心してもらうのがいい……。



 「これでは、大喬様に申し訳有りません。仕方ない、ここは私が一肌脱ぎ、
孫策様の浮気の証拠をでっち上げる事にしましょう」




 
って、何しようとしているんだ、陸遜ッ!




 「とりあえず、孫策様の寝台をいかにもな感じで乱れさせておいて、そこに、以前採取した周瑜殿の毛髪をバラまいておけばいいですかね」



 それは、お前にとっては確かに面白いかもしれない。

 だが。



 
孫策兄上にとっていい要素は、何処にもないッ!



 というか、周瑜の毛髪とかも何時の間に採取したんだお前は。



 「という訳で、孫策様の浮気の証拠を今から作りに……」



 いかん、このままじゃ兄上がしてもいない浮気の証拠をでっち上げられてしまう。

 そうなる前に、止めなくては……。



 私はその思いから、陸遜の手より証拠物品を取り上げる。



 「あ。な、何するんですか、孫権さまぁ……」

 「愚問だな。兄上の迷惑になるような事は、この私が許さんぞッ」

 「ちょ、返してくださいっ、孫権様っ。もぅ、孫権様は無駄に背ぇが高いからっ……」



 証拠の品を取り返そうと振り返った、その時。



 「いやー、稽古にまでつき合ってもらって、悪いな本当に。でもよ、今日は楽しかったぜ!」



 聞き覚えのある声とともに、複数の足音がこちらに向かってくるのが解る。

 この声は、まさか……兄上?


 どうやら、誰かと一緒に部屋へと戻ってきたらしいが……。



 「し、しまった。兄上が、帰ってきたようだぞっ」

 「はぁ、そのようですね。どうします、孫権様……?」

 「どうしますって……と、と、とりあえず、隠れろ!」



 私はとっさに陸遜の手を引き、衣装棚の中へと潜り込む。

 幸い、この部屋の衣装棚は広く、二人でも充分隠れられる空間があった。


 最も、扉を閉めたら、真っ暗で外の様子もうかがう事は出来ないのだが……。



 「何するんですかっ、孫権様……あぁ、衣装棚が一気にワックスがけが終わった後の体育館臭に変わった……」

 「しないっ、私からはそんな化学薬品臭はしないぞっ。全く、静かにしてろ。兄上に気付かれるぞっ」



 それにしても私、どうしてとっさに隠れてしまったのだろうか。

 この場合、素直に兄上の前に姿を晒し、適当な言い訳をでっち上げていた方が良かったのではないか。


 そう思っているうちに、兄上が部屋に戻る足音が聞こえる。



 「よう、まぁ入れよ。少しばっかり、ゆっくりしてくといいぜ」



 次いで、その声。

 足音は複数だと思ったが、どうやら兄上と他にもう一人誰か居るようだ。


 軽快な足取りから……足音の主は、恐らくは女性だろう。

 だが、誰だ。



 「まさか、とっさに衣装棚なんかに隠れてしまいどうしようかと思いましたが……ひょっとしたら浮気の決定的な証拠を押さえる事が出来るかもしれませんね」



 まさか、兄上に限ってそんな事はあるはずがない。

 次に聞こえた声は、私のその思いを確信にかえた。



 「おじゃましまーす。えへ、何か兄さまの部屋に来るのって久しぶりな気がするわね」



 明るく、よく通るこの声は聞き間違える事はない。

 私の妹、孫尚香の声だ。



 「なんだ……尚香か」



 二つの足音があった時はまさかと、少し疑っている自分が居たが、尚香なら安心だ。

 何せ実の妹。

 まさかいくら兄上でも、実妹という上級職にいきなり手を出すなんて事、あるまい。



 「……いや、わかりませんよ。実妹というシチュエーションは、アダルトオンリーなマンガや小説ではむしろ一般職ですからね」



 
だからどうしてお前は、兄上を淫乱に仕立て上げようとするんだよ!



 しかも、お前が比喩として出したアダルトオンリーなマンガとか、小説とかって。

 まず、そういったジャンルが 「一般」 ではないからな!


 そこで当たり前の世界観というのは、実際はむしろマイノリティ。

 実際の世界では、上級職の同義語なんだから、そこんところ注意しろよ。



 「しかし、わかりませんよ。孫策様は、孫権様の兄君ですからね」

 「なんで解らないんだ。私の兄上だと、何か不都合でもあるのか」



 「ほら、孫権様は 
周泰殿という性別を等しくする相手にもおっきなれる という 上級職恋愛の経験者 でしょう。 弟君であらせられる孫権様が、上級職恋愛を好む剛の者なんですから。 兄である孫策様も同じく上級職恋愛を好む傾向があり、その恋愛対象が妹であっても、なんら不思議ではないだろうな。なんて、思いまして……」




 
なんという著しい誤解ッ!!!



 だから、何度も言ってるしこれからも何度でも言うが、私と周泰は上司と部下。

 確かに信頼はしているが……それ以上でも、以下でもないっ。



 「わかりました。つまり、孫権様と周泰殿は……
友達以上、恋人未満という事ですね」



 
何故そうなる。



 あー、もう。

 私、もうこの子になんていったら誤解がとけるのか、さっぱりわからないよ!



 「まぁ、とにかく。全て大喬義姉上の早とちりだった、って事だろう。隙を見て、帰るぞ」



 誤解の解き方がわからなかった私が、最後にとった手段は、諦める事だった。


 とにかく、私の誤解はとけなかったものの兄上の誤解はなんとか解けそうである。

 あとは、折を見て逃げ出すだけだ。

 安堵の息を盛らしながら、私が陸遜にそう指示を出す。


 その時。



 「ね、兄さま。私を部屋に連れてきたって事は……
アレ、してくれるって事で……いいのよ、ね?」



 不意に甘えた声で、尚香はそんな事を呟いた。



 「な、何言ってるんだ、尚香……」


 思わず狼狽える私に。


 「おや、どうやら
雲行きが妖しくなってきましたねぇ」



 陸遜が嬉しそうに微笑む。



 
こいつ、孫家のゴシップをどうしてこんなに嬉しそうにッ……



 等と思っている間にも。

 二人はそんな、 雲行きが妖しくなってきた会話 を続けていた。



 「あぁ、ま、仕方ねぇな……お前が、どーしてもって言うんなら、してやんねぇ事もねぇけどよ」

 「だったら! ……だったら、兄さまにしてもらいたいな。 ね、いいでしょ?」

 「さて、どーすっかな」

 「んもぅ、兄さまのいじわる。……ね、お願いだから。だって、兄さまが今までしたヒトの中で……一番上手だったんだもの」


 「はは、嬉しい事言うじゃねぇか。けどよ、お強請りするんなら、もう少しちゃんとした頼み方があるってもんじゃ無ぇのか。な……?」

 「もぅ、兄様のいじわるぅ。 わ、わかったわよ。ちゃんと、お願いするから……」

 「よし、言って見ろ。お淑やかに、だぞ」



 「わかってるわよっ。えーっと…… 
お願いです、兄さま。 私の……その、アソコの穴をっ。 兄さまので……思いっきり、かき回してくださいッ!



 え。

 えーっと……。



 
尚香、それなんてエロゲ?



 「よし、上手に言えるよーになったじゃ無ぇか。わかった、可愛い妹の頼みだからな。よし、尚香。それじゃ、寝台で横になれよ。へへっ……今日は、可愛がってやるぜ」




 
しかも兄上っ、それなんてエロゲ主人公?



 と。

 ともかく、二人は、私たちが衣装棚に隠れいる間にもそんな、なんというか、破廉恥な会話を、ぞろぞろと話し続けていた。


 その会話の淫猥たるや兄妹の関係において決してしてはならない部類の……。



<物語の途中ですが、お知らせです>


 現在、作品内の孫権様は非常に勢いある弁論をふるっておりますが、その話はさして面白みもなく。

 わざわざここに書くべきことでも無いかと思われますので、独白の途中ですが暫くは孫策様、孫尚香様兄妹の仲睦まじい会話を楽しんで頂こうと思います。


 それでは、孫権様の独白が終了するまでの間、暫くは孫策様、孫尚香様の 
音声のみ でお楽しみください。




 「はぅんッ、あぁッ。嫌ぁ、兄さま。そんな、乱暴にしないでってばぁ。痛いじゃないの」

 「ダメだな。少し無理にでもしねぇと、素直にやらせてくれないだろ、尚香は」

 「そうかもしれないけど。 でもっ……」

 「でも、何だ?」



 「でも、兄さまのそれ……
すっごく、太くて大きいんですもの。私……」



 「何言ってんだ。まぁ、確かに俺のは、少しデカイのかもしれねぇけど、特別デカイって訳じゃないぜ」


 「でも、でも、でもっ。兄さまのが入ってくると、わたし……なんだか、変な気分になってくるの。それに、兄様のが中で動くと、もう、痛くって……」


 「そうだったのか。それじゃ、もう少し優しく……」



 「あ、別に。痛いだけじゃないのよ。
兄さまのが、奥まで入ってくると私も気持ちよくなって来るから……



 「そっか、それならいつもみてぇにやるが……いいな」

 「う、うん。兄さま……お願い、兄さまのが、欲しいな……」


 「わかった、それじゃ、俺に、いつもみたいにしてみろよ」

 「う、うんっ……わかったわ。 はい、兄さま。見てっ、私の穴ッ……」



 「だから言ってるだろ、尚香。もうすこし、お淑やかにしてみろって」

 「う、兄さまのいじわるぅ……えっと。 はい、兄さま……わたしの穴を、奥まで覗いてくださいッ……これで、いいのよね?」



 「はは、うまく出来たじゃねぇか。さて、と。それじゃ……やるぜ」

 「う、うん……」

 「少し、呼吸を楽にしろよな」


 「う、うん。わかったわ。……ね、ねぇ、兄さま。少し、聞いてもいい」

 「何だ?」

 「私のそこって……変じゃ、ないかな?」



 「そう言われてもなぁ……他の奴のと、そんなに変わらないと思うぜ」

 「そうじゃなくて……き、汚くなってないかな」



 「お前の身体に、汚い所なんてあるかよ。大丈夫、キレイだぜ」


 「そ、そう。ありがと、兄さ……」



 「中の方なんて少し桃色になっていて、お前のは本当に……可愛いよな」


 「えっ。えっ。あ……もう、兄さまの意地悪。そんな事、言わないでよっ。恥ずかしいじゃない!」




 「はは、悪ぃ悪ぃ……それより、どうする。いきなりだと、お前も痛いんだよな。少し、指で……してやろうか」

 「うん、お願い。私も、兄さまになら……それに、さわって貰うの、嫌いじゃないから」

 「わかった……痛かったら、すぐに言えよ」



 「んっ……はぅんっ、はぁん、あぅ。ん……兄さぁ……まっ……」



 「ちょ、おまっ……そんな声出すなよ。誰かに聞かれたら……」


 「ごめんなさい、兄さま。でも、兄さまの指、すっごく気持ちよくって……」

 「誉め言葉だと思っておくぜ。それより……どうする、尚香。そろそろ、俺の……」


 「うん……いいよ、兄さま。兄さまの、いれて……いいよ」

 「わかった、それじゃ……最初から無理はしねぇから……ほら、どうだ」



 「んんんぅん……んんっ。ん。大丈夫、それなら痛く……」



 「へへっ、じゃ、これならどうだ」



 「えっ。 はぁあぁんんっ、ああぅ、あんっ、あぁっ」




 「くっ……あははは」

 「ひ、ひ、ヒドイっ、兄さま。今、いきなり動いたでしょ!」

 「ははっ、悪ぃ悪ぃ。ちょっとお前を虐めてみたくなってな」



 「もう、兄さまの意地悪ぅ」

 「だから悪かったって。もうしねぇから……それより、どうする。もう少し……」



 「うん……もっと、奥の方までいれていいよ。そしたら、動いて……」



 「あぁ、わかった……ほら、どう……だ」



 「はぁんっ、兄さまの意地悪っ。今そんな事聞かないでっ……」

 「気持ちいいか?」


 「うんっ……うん、うんッ」



 「どこが気持ちいい。どうするといいんだ、言ってみてくれよ」



 
「はぁんっ、なんか、奥の方にコツン、コツンってあたっている感じがしてっ……あぅん、それがっ。気持ちいいのッ!」




<お知らせ>


 孫権様の弁論が終了したようですので、作品を再開致します。

 長らく音声のみの時間があった事をご容赦下さい。





 ……っと。

 私が、独白に励んでいる間、兄上と尚香との間がさらに進んでいるような気がする。



 
これは、なんかもう、止めなきゃいけないんじゃないのか!?



 いいのかこれ。

 大丈夫なのか、これっ。(主に年齢制限的に)



 というか、何傍観。もとい、傍聴しているんだ陸遜。

 お前も軍師として、モラルを守る人間として、この状態をほっといていいのか。



 「いや、私としては浮気の証拠さえつかめればどーでもいいんで、むしろ確証を得るまで成り行きを見守りたい気分なんですが……」



 第三者って時に残酷だね。



 「……それに、今更出ていった所ですでにやっちゃってると思いますし。もうじたばたしても無駄のような気がしましたので」



 それもそうっぽいね。



 「それに、私思うんですよね。ここで止めに出るのが私という第三者より、より二人に近いモノ。近親者が出た方が、面白みがありそうだな。って……」



 と、いいますと?




 
「はい、孫権さま。それでは、はりきってこの衣装棚から出てみましょう!」



 
イヤだよこのタイミングに!



 どーすんだよこの状態で私が出ていった所で、最早収拾なんてつかないぞ! 



 「五月蠅いですねぇ……さっさと行け、ですよ」



 と、文句を垂れる私の事なんて一切お構いなしといった印象で、陸遜は私の臀部を目一杯蹴り上げて半ば強引に衣装棚から押し出す。



 「あうっ!」



 思わず間抜けな声で、兄上の部屋に出る。

 ガタンとかドンガラガッシャンとか。


 そのような擬音が似合う程、派手に衣装棚を開けての登場だ。

 これでは、向こうが 接近してくるロードローラーに気付かないくらい鈍感 でなければ、私の登場に気付いただろう。


 案の定。



 「あ、何やってるのっ。権兄さま!」



 私に気付いた尚香が、すぐにそう声をあげる。


 確かに衣装棚に入って何やってるんだという印象だ。

 だが、今回は違う。



 
兄上たちこそ、何やっているのだ!



 少なくても、今の私には、そう言う権利があるだろう。

 私はそう思い、目一杯言ってやろうと顔をあげる。



 そんな、私が見たものは……。



 
耳掻きを持つ孫策兄様に身を委ね、耳掃除に興じる尚香の姿だった。




 
って、たかが耳掻きでなんて淫猥なッ!!!



 
もう、耳掻きなら耳掻きと、もっと健全にしなさい!!!(マジ切れ)




 「おっ。どうしたんだ、権。そんな所に……かくれんぼでもやってたのか」



 一方の兄上は、私のそんな不自然な登場も何処吹く風で耳掻きをもったまま笑っている。



 「そーよ、兄さま。どうしてこんな所に居るのか、説明してごらんなさいっ」



 兄上はさして気にする様子もないが、尚香の方は追求の手をゆるめない。



 「いや、実は……」



 返答次第では、尚香の弓攻撃が激しく私を貫くハメになるだろう。

 ここでの誤答は許されない。


 極限状態に張りつめたこの状況で、私が選んだのは……。



 「実は、陸遜の奴にそそのかされて……」




 
偽らない事であった。(ゴンに対峙するネフェルピトー風に)




 「陸遜? もー、陸遜が何処に居るっていうのよ」



 ……はい、陸遜ならその衣装だなに。

 って。



 
振り返った時、すでに衣装棚はもぬけの殻になっていた。




 陸遜。

 恐ろしい子ッ!



 「もー、嘘ついて逃れようったってそうはいかないわよ」




 偽らないつもりが、陸遜の華麗なる脱出のため、偽りになってしまった。

 どうする私、このままだと尚香にフルボッコにされる事請け合いだ。


 骨の一本や二本ですめばいいが……。

 そんな覚悟を決めた時。



 「いいじゃねぇか、尚香」



 こういう時、兄上の気にしない性格は本当に助かる……。



 「それより、権。せっかくなら、お前も少しやってやろうか、これ」

 「はぁ……これ、と。いいますと……」

 「耳掻きだよ。お前、どーせろくにやってないんだろっ」



 別に、やってない事はない。

 それに……。


 「いや、私は……すいません、兄上。遠慮しておきます……」

 「どうして、兄さま。孫策兄さま、とっても上手にしてくれるわよ」



 それは知っている。

 私も小さい頃、よく兄上に耳掃除をしてもらったからな。


 だが……。


 「ははっ、そうだったそうだった。権、お前っ……凄いくすぐったがりだもん、なぁ」



 そんな私の様子を見て、兄上は豪快に声をあげて笑う。


 そうなのだ。

 私は、耳掻きはどうも……ヒトにやってもらうのが、くすぐったくて駄目な人間なのだ。

 子供の頃は、兄上に押さえつけられて半ば無理矢理やられていたが……。



 「ふーん、そうなんだー。権兄さまに、そんな弱点がねー」



 と。

 その時、それを聞いた尚香の目が輝くのが見てとれる。


 お前っ、まさか……。




 
「ね、兄さま。権兄さまを捕まえて、無理にでも耳掃除しちゃいましょうよ!」




 
お前、またなんて事をッ!



 「おッ、そいつは面白そうだな」

 「ね、そうでしょ。えへへ……」



 そう言いながら、二人はじり。じりと私との距離をつめていく。


 うわ。

 なんかもうこれ……逃げ切れる気がしないんだが……。



 「ちょ、ちょっと待て、尚香。 そんな、私のくすぐったがる所を見ても面白くないだろうがっ……それに、兄上も。 私がどうなるか、兄上は知ってるでしょうが。だから、そのっ……」



 逃げても無駄だと思ったから、せめて言論にて抗ってみる。

 が。



 
「問答無用。それー、権兄さまをつかまえちゃえー!」


 
「よっしゃ、権。手加減しねぇが、悪く思うなよ!」



 この 武力担当(ふたり) に、言論で抗っても無駄だという事は、火を見るより明らかであった。



 「ち、ちょっとまって下さいっ。兄上っ……尚香もっ。
あっ、うぁああああ!」



 かくして、その後小一時間ほど。

 私は、兄上と妹と。


 耳に触れられるたびに、つり上げられた魚みたいに跳ね上がる身体をハトヤのCMに出る魚の如く強引に押さえつけられながら。

 強制的に、耳掻きをさせられたのであった……。


 たった一時間だが一生分笑った気がしたのは、言うまでもあるまい。




 そんなこんながあって、翌日。



 「いや、まさか大喬の奴がそんな事を疑っているとはなぁ。」



 椅子に足を投げ出して、兄上はそんな事を呟く。


 結局あの後、大喬義姉上に頼まれて来た事やら何やら。

 洗いざらい説明したところ、孫策兄上直々に義姉上様と話しをしてみるという事だが、兄上はこれで口べただったりもする。


 大喬義姉上を前にしてしどろもどろになり、逆に疑惑を深めたらいけないだろう。

 という事で、私を仲介にして話し合う事になった、という訳だ。



 「まぁ、誰かに大げさな嘘をとかを吹き込まれたんですよ。義姉上は、純粋ですからそういう嘘も信じてしまったんです。」




 そして恐らくその、大げさな嘘には陸遜も一枚噛んでいるんだろうな……。

 今日は姿が見えないから、憶測しかできないが。



 「それにしても、遅いな。何もねぇといいんだが……」

 「心配性ですね、兄上は。ここは屋敷の中ですから、何もありませんよ」



 そわそわと足を動かす兄上に声をかける。

 そんな私を兄上は暫く凝視すると、突然声を押し殺して笑い出す。



 「それにしても、あの時のお前ときたら……くくっ」



 どうやら、昨日の耳掃除の様子を思い出したらしい。



 「わっ、笑わないでください。知ってるでしょ、兄上。私が、あぁされると弱い事は……」


 「でもよ、お前昔と全然変わらねぇっていうか……」


 「だって、仕方ないじゃないですかっ。兄上に、あんな風に乱暴にされたら、誰だってあぁなります」


 「でもよ、まさか……腰が抜けちまって、立てなくなるなんて思わなかったぜ」



 そういうが、一時間近くも交互に擽られればたてなくもなるだろう。



 「そう言いますが、兄上っ。兄上もいけないんですよ。調子にのって、私にあんな乱暴に、それも。やめてと懇願しているのに、何度も何度もっ……あんな風に何度もされては、足腰も立たなくなりますよっ」


 「そっか、悪かったな、権っ……次は、もう少し優しくしてやるからよ。な」



 次もやる気満々か。


 だが……。

 確かにこそばゆかったが、やはり兄上にしてもらう耳掻きは気持ちよい。



 「本当にっ……次に、乱暴したら……許しませんよ」


 「わーかってるって。なんなら……」



 と、そこで兄上は言葉をとめて立ち上がり少しずつ私との距離を縮める。

 まさか……。



 「ちょ、ちょっと待ってください。兄上……」



 
「待てねぇな。さて、と……楽しもうぜ、目一杯ッ!」



 「そんなっ、昨日あれだけしたばっかりじゃないですかっ。ちょ、兄う……」




 それに、昨日やったばっかりだから耳垢もたまってない。

 なんとか逃げなければ、そう思ったが。



 「くぅっ……」



 まるでネコの子でもつかまえるように、難なく取り押さえられてしまう。


 「はは、悪いな。権。お前はガキの頃からのつきあいだから、捕まえ方なんてもう大概わかってるんだよ。さて、と」


 「ううう……」



 そういえば、私。兄上には、所謂追いかけっこで勝った事なんてなかったな……。



 「さて、と……」



 襟首をつかまえて、逃げる私を押さえつける。

 じり、じりと動いて逃げる機会をうかがうも、兄上は掴んだら簡単に離すようなヒトじゃない。



 「あ、兄上っ。やめてください、もう、こんな事っ……」



 じりじりと逃げるが、がっちり捕まれた腕から逃れる事は出来ず、僅かに衣服がはだける程度の効果しかない。

 これはもう、諦めて抵抗しないほうが楽か。


 と、思っていたその時。



 「孫策様……」



 聞き覚えのある清楚な声。

 これは……大喬義姉上の声だ。


 まさに天の助け。

 そう思い、顔をあげた私の目に入ったのは。



 
大粒の涙をボロっボロと零す、大喬義姉上の姿だった。



 「どうしたんだ、大喬っ……」

 「そうです、義姉上。一体……」



 お互いすっかり動転して問いかけると、義姉上はしゃくりをあげながら、こんな事を、言い出した。



 「だって、だって……非道いです、孫策さま。よりにもよって、よりにもよって……
実の弟である、孫権様と浮気をするなんてっ」




 
あれ、なんか大変な思い違いをされているぞ?



 「何言ってるんだ、大喬。俺は浮気なんてしねぇし、だいたい権とそういう関係になる訳ねぇだろ。」



 私と兄上の意見は、殆ど同意である。

 だが。



 「そんなこと言って、それなら孫策さま。さっきまでの、あの会話は一体何だったんですかッ。説明してください!」



 義姉上に指摘され、私たちはさっきまでの会話を反芻する。


 何かそんな。

 誤解を抱くような事言っていたっけか……。



 「あぁされると、弱いです。とか……足腰立たなくなっちゃうとかっ……
二人とも、不潔ですッ!」




 
すいません、言ってましたね。




 「ちょ、ちょっと待ってくれ。大喬、それは……」

 「そうです、義姉上、それは誤解です……」



 と。

 慌てて言い訳しようとした、その時。


 私は、確かに見た。

 確かに、見たのだ。



 義姉上の背後で、ニヤリとほくそ笑む、陸遜の姿を。



 
私の差し金ですが、何か。



 唇だけでそう動き、親指たてて笑う、陸遜の姿を……。



 
って、結局、全部お前の仕業だったのか、陸遜ッ!




 あの顔。

 あのしてやったりの顔は、恐らく義姉上に大げさな嘘を吹き込んだのもアイツなんだろう。


 が。

 今はそんな事追求してられない。


 今はただ。


 「待ってくれ、大喬。話しを聞いてくれって言ってるだろ」

 「もう、知りません。もうっ……」



 義姉上の誤解を、とかなければ!



 「そうですっ、誤解なんです。本当に……」



 兄上に混じり、私も必死で弁明する。



 「もうっ、知りません。知りません!」



 だが、これは……手強そうだな。


 そう思った私の予想通り。

 義姉上の誤解が解けるのはそれから実に三日後になるのだった。



 

エロい台詞を言う尚香たんと孫権様が見たかった。特に反省はしていない。




>オマケ(今回は特に補足がないので、蛇足でエロい台詞適当に書いてみた)



 「はぅんっ……いけませんッ、兄上。そのように扱われては、私はっ。あぅん……はぁんっ!」

 「あー、もう。ずるい、権兄さまばっかり……ね、策兄さま。次は、次は私も……ねっ」


 「全く、仕方ねぇなぁ。ほらよっ、どうだ……気持ちいいだろ?」



 「あんっ、あんっ。あ……兄さま、凄いっ。身体の中が、ズンズンって痺れるみたいでとっても。とっても、気持ちいいよぅっ!」



 「待て、尚香。ずるいぞっ、お前はさっきしてもらったばかりだろうが!」

 「そう怒るなよ、権。お前にも、ちゃんと最後までシてやっからさ」



 「それならっ、兄上。早く……」

 「そう急かすなって、その前に……ちゃんとお強請りしてみろ。な。」

 「う……」

 「なんだ、出来ねぇのか。だったら……」



 「わ、わかりましたっ。その……兄上のっ、兄上の身体で私を……思う存分ッ、突き上げてくださいッ!」



 「よっしゃ、よく出来たな、権。それじゃ……行くぜ?」

 「んっ……はんっ。はぅん……っ……」


 「どうした、体中がビクビクいってるじゃねぇか……もしかして、もう気持ち良くなっちまったのか?」


 「違いますっ、ですけどっ……あっ……兄上が、そんな激しくするからっ……」

 「激しくするって。まだ俺は、普通にしかしてないぜ。激しくするってのは、こーいう事だぜ」

 「……ッ、んっ……」

 「おい、権。お前声を殺して我慢なんてすんなよ。どーせ俺達しか居ねぇんだから、もっと声出してもいいんだぜ」

 「ですがっ、私っ……これで、声まで出したらっ。頭がおかしくなってしまいそうでっ……」

 「いいから、な。ほら……どうだ。いってみろって。な」



 「んっ。あぁっ、駄目です。駄目ですっ、そんなに早くッ、激しく動かしたらっ……」


 「駄目なのか。それとも、動かして欲しいのか。どっちなんだ?」


 「……う、動かしてくださいっ。腰をっ、腰をもっと激しくッ、激しくっ!」

 「よっしゃっ、コレで……どうだっ」


 「あっ、あっ。あっ。き、きっ。聞かないでくださいっ。私っ……らっ、らめですっ。身体全体がじんじん痺れてぇっ……頭が、変になっちゃいますよぅっ!……はぅんっ!」



 「お、おいっ。権っ……大丈夫か」



 「あー、もうっ。ずるいずるい、権兄さまばっかり。次は、私も。ね、いいでしょ。策兄さま」

 「お、おい。待てよ尚香。さっきから俺、お前たち二人を相手にしてんだぜ。少し休ませてくれって……」

 「だったら、起きて。権兄さま。寝ている場合じゃないわよっ」

 「ん……何だ、尚香。せっかく気持ちよく余韻に浸っていたというのに……」



 「だから。策兄さまに少し休んで貰う為に……今度は、私たち二人が、策兄様をよくしてあげましょう」



 「ん。いや、俺は別に……」


 「そうだな、尚香。それでは、兄上。兄上さえよろしければ、私たちに……」

 「そうね。権兄さまと私にっ。全部、任せてくれないかな?」



 「ははっ、かわいい弟妹にそう頼まれたら断れねぇだろ……じゃ、頼んだぜ」



 ・


 ・


 ・


 「すいません、孫権さま」

 「ん……なんだ、陸遜か。どうした、何かあったのか」

 「いえ、何もないんですが……私、さっきから隣の部屋で声だけ聞いていたんですけど」

 「あぁ、そうか。それが、どうかしたか」



 「たかだかマッサージしているだけで、エロい雰囲気出さないでくださいよ、呂蒙殿が仕事に集中出来ませんから!」



 「何いってるんだ、陸遜。エロ言う奴がエロなんだぞ」

 「そういう風に逃げているという事は、多少エロい自覚があったって事ですね、そうなんですね……」





 <書いている俺にも何がなんだかさっぱりです>