ファースト・コンタクト
37 「―――――休暇? ティエリアが!?」 クリスティナ・シエラから聞かされた言葉に、ロックオンは信じられない思いで聞き返した。 「うん。なんでも外出したいから休暇がほしいって、スメラギさんに言ったって」 ほんと珍しいわよねーと明るく笑う彼女の声は、既にロックオンには届いていなかった。 地上が嫌いでなティエリアが外出!? しかも一人で! どこへ行くつもりなのか、誰に会いに行くのか。そんなとこは考えるまでもない。 ―――グラハム・エーカー。 傲慢不遜な金髪の男を脳裏に思い浮かべたロックオンは、ギリッと歯を噛み締めた。 「そんなこと、させてたまるか…っ!」 酷く険しい表情を浮かべながら唸るように呟いたロックオンは、そのまま身を翻した。 「え? ちょっと、どうしたの? ロックオン!?」 後に残されたクリスティナ・シエラは、訳がわからず茫然と怒り立った背中を見送るしかなかった。 ティエリアは、割り当てられた部屋のベッドの上にぼんやりと座っていた。 スメラギ・李・ノリエガから明日からの休暇の許可はもらったし、荷造りもすんでいる。後は本当に何もすることがなくて、ティエリアは時間を持て余していた。 普段の自分ならば、ヴェーダにリンクして情報収集をしたりプログラムを作ったりと暇な時間など皆無だったはずが、今は何もする気にならない。決して無気力になっているわけではなく、どちらかといえば何も手につかないといった方が正しいかもしれない。 ―――――明日、グラハムと会う。 そう思っただけでひどく落ち着かない気分になる。 会うと決めたのは自分自身なのに、こんな気持ちになるのなら連絡などするんじゃなかったと、一週間前の自分の行動を後悔してしまいそうだ。それでも、仮にもし時間を遡ってあの時に戻ったとしても、多分自分は同じ事をするだろう。 あの時、傲慢なまでに自信過剰な男の顔を思い浮かべた途端、無性にグラハムに会いたくなったのだ。理性は何を愚かなことをと嘲っていたが、感情が止まらなかった。 こんなことは本当に初めてで、あの男に関わると自分はどんどんおかしくなってしまう気がして、ティエリアはそれが恐かった。けれど、その恐怖さえも、感情に突き動かされるような行動を止められなかったのだ。 とはいえ、別の不安もあった。一度彼のメールに苛立ったこともあって、それ以来着信拒否をしてしまったからだ。自分でも短絡的な行動だとあきれているが、あの時は本当に腹が立って仕方がなかったのだ。 自業自得とはいえ、同じように着信拒否にされていたらどうしようと、ティエリアは不安に思いながらも大丈夫だと自分に言い聞かせ、メールを打った。彼の心配を余所に、グラハムはすぐに返事をくれて、ティエリアは心底ほっとした。 その時、直接会いたいと告げたら飛び上がらんばかりに――ティエリアは知らぬことだが、グラハムは実際飛び上がっていた――喜ばれ、とんとん拍子に再会の日時が決まった。 それが明日――場所はユニオン軌道エレベーター「タワー」だ。ティエリアとしては無難な待ち合わせ場所だったので是非もなかったが、グラハムの思惑は違ったようだ。『きみと初めて想いを通わせあった場所で、愛しいきみと再び逢える喜びを噛み締めあいたい』と言われ、ティエリアは一瞬絶句した後すぐさま変更を申し入れたが、頑としてグラハムは譲らず、最後には折れるしかなかった。 どうしてあの男はあんな恥ずかしいことを平気でいえるのだろう。思考回路がどこかおかしいのではないか? ティエリアは恨みがましい気持ちで内心グラハムを罵り始める。 本当にあの男には振り回されてばかりだ。テーマパークで初めて会った時も、「タワー」で再会した時も、ティエリアの心を掻き乱しコントロールできなくさせる。経験豊富そうな彼の掌で踊らされているようで、それがひどく悔しい。 だから、明日会ったら、最初から最後までイニシアチブは自分が取ってやる。振り回すだけ振り回して、間抜けな顔の一つも拝んでやらなくては。二度も翻弄してくれた礼はきちんとしないと、ティエリア・アーデの名折れだ。 心の中で固く誓うと、幾分心も落ち着いてきた気がする。これなら不遜なあの男をやり込められると気合いを入れると、ノックもなしに突然ドアが開いた。 「ティエリアっ!」 「…ロックオン・ストラトス!?」 普段の彼らしくない無作法さとそのひどく険しい顔に、緊急事態が起こったのかとティエリアは即座に立ち上がった。 「何かあったんですか?」 ロックオンはティエリアの問いには答えず、厳しい表情のままズカズカと部屋へ入ってきた。 「ロックオン・ストラトス…?」 尋常でないその気配に気付いたティエリアは、訝しげに眉を寄せる。 ティエリアの前に立ったロックオンは、ターコイズブルーの瞳を眇めたまま憤りを押さえたような声で言った。 「―――明日、休暇を取って外出するんだってな。誰と会う気だ?」 「……え?」 その冷ややかな声音に、ティエリアは目を瞠った。 「誰と会う気なんだっ!? ティエリア!」 両肩を強い力で捕まれ、厳しい口調で詰問される。初めて見るロックオンの怒りも露な表情に、ティエリアは凍りついたように茫然と彼を見上げた。 「答えろっ!」 |