ファースト・コンタクト 36



 ソレスタルビーイングでは、宇宙で作業するメンバー達に一定期間の地上での生活を義務付けている。それはガンダム・マイスターやトレミーのクルーも例外ではなく、今回は作業中のイアンとその補佐のアレルヤを除いて全員地上へ降りてきていた。
 地上は嫌いだと公言してミッション以外には絶対に宇宙から降りないティエリアも、こればかりは拒否することはできず、いつも不承不承命令に従っていた。そしてその度に滞在先のアジトから一歩も出ずに過ごしているのだが、今回は違っていた。
「―――――休暇? あなたが?」
 スメラギ・李・ノリエガは、ティエリアからそう告げられたとき、驚きに目を瞠ってしまった。普段の彼の口からは絶対に出るはずのない言葉だったからだ。
 彼女の反応に僅かに眉を顰めつつ、ティエリアは頷いた。
「何か不都合でも?」
「それはないけれど…ちょっと意外だったから」
 苦笑を浮かべながら返されたその言葉は、ティエリア自身自覚していることでもある。今まで一度たりも自ら外出したことなどなく、その事実に一番に驚いているのはティエリア自身だろう。
「ああ、ごめんなさい、変なことを言って。勿論、構わないわよ。休暇だから行き先はわざわざ聞かないけど、連絡だけは付くようにして頂戴。後は好きにしていいわ」
 スメラギ・李・ノリエガはにこやかに言った。その顔に探るような気配はなく、むしろ微笑ましいといった表情だ。
「…承知した。では」
 短く返事をしたティエリアは、そのまま部屋を後にする。
「―――珍しいこともあるものね。あの子が外出しようとするなんて」
 ドアの向こうに消えたティエリアの後ろ姿を見送ったスメラギ・李・ノリエガは、嘆息するように呟いた。
 このところのティエリアの変化に、彼女は当然気付いていた。ヴェーダ以外誰も必要としないあのティエリアが、他のマイスターと行動を共にしているのを何度も見かけている。マイスター同士信頼関係を築くことはミッションを成功させるうえで非常に重要であるから、彼らの関係がとても望ましい方向に進んでいると思う。
「これもロックオンの影響かしら…?」
 何くれと無くティエリアの世話をやいていたロックオンの姿を脳裏に思い浮かべた彼女は、軽く溜め息を吐くと微かに眉を顰めた。
 面倒見のいいロックオンが、孤立しがちなティエリアと他の二人との仲を取り持とうとしているのは歓迎できる。だが、最近の彼のティエリアを見つめるまなざしに、これまでと違う何か熱いものが宿っていると感じるのは、気のせいだろうか…?
 何故か嫌な予感がする。何か、ティエリアを揺るがす事件が起こりそうな気がしてならないのだ。
 どうか杞憂であってほしいと、スメラギ・李・ノリエガは祈るような気持ちで瞳を閉じた。