ファースト・コンタクト 35



「―――――はあ………」
 もう何度目かわからない深い溜め息が、グラハム・エーカーの唇から零れ落ちた。
 いつも不遜なまでに自信に満ち溢れている彼が最近酷く意気消沈していると、エムスワッド基地内では公然とした噂になっている。ことに憂いを帯びたオリーブグリーンの瞳が堪らなく色っぽいと、女性士官や一部の男性士官の間で色めきあっていた。
 一体あのグラハム・エーカーに何があったのか。彼らの興味はその一点に注がれていて、様々な憶測が基地内を飛び回っている。
 そんな無駄な色気を無意識にだだ漏らしている当の本人はといえば、周囲の思惑などまったく意に返すことなく、このところすっかり音信不通になってしまった恋人のことで頭がいっぱいだった。
 メールで拒絶されたあの日から、ティエリアと連絡が取れずにいる。返信がないならまだしも、送ったはずのメールがすべて戻ってきてしまっているのだから、これはもう故意としか考えられず、流石のグラハムもへこんだ。
 いつの間にティエリアの不興を買ってしまったのか。思い当たることは皆無なだけに、グラハムは途方に暮れた。唯一考えられるとすればあの日のメールの遣り取りだが、どう思い返しても何故彼が急に機嫌を損ねたのかその原因がわからないのだ。
 焦れたグラハムは、いっそのことコロニーへ乗り込んでやろうかとさえ思った。あの目立つ容姿ならば、伝を頼れば探し出すことはそう難しくないはず――そんな主義に反することを考えてしまうほど、グラハムは追い詰められていた。
 ティエリアと連絡が取れずにいるというだけでこんなふうに取り乱してしまうなんて、グラハム自身思ってもみなかったことだ。それほどまでに彼の存在が自分の中で大きくなっているということで、およそ他人に執着した記憶のないグラハムにとってこれは新鮮な驚きだった。
 本当にティエリア・アーデという存在は、自分で気付かなかった色々なことを教えてくれる。きっとティエリアとならば、退屈とは無縁の生活が送れるだろう。そんな気がしてならない。
 とはいえ、そんなふうに悠長にしている暇はグラハムにはなかった。彼自身自覚しているように、我慢もそろそろ限界に近付いている。
 そもそも、グラハムは我慢弱い人間なのだ。欲しいものは即座に行動して手に入れることを身上としている彼がここまで我慢していること自体、奇跡に近い。
 今日中にティエリアから連絡が来なければ実力行使をする―――常識や主義に縛られて躊躇するより、自らの心のままに行動することを是とする。それがグラハム・エーカーの真骨頂だった。
「―――この私にこんな狂おしい気分を味あわせてくれた礼は、きちんとさせてもらうよ、ティエリア」
 端整な口元に、喜悦に満ちた獰猛な笑みが浮かぶ。



 グラハムの携帯端末にティエリアからの着信があったのは、それから約2時間後のことだった―――。