ファースト・コンタクト 33



 ロックオンから射撃訓練を受けながら、ティエリアの心は揺れていた。
 稀代のスナイパーから射撃の手ほどきを受けることは、ガンダムマイスターとしては別におかしいことではない。だが、自らの資質に自信を持つティエリアにとって、他人に教えをこうことはプライドに拘わることだった。いくらロックオンの方から言い出したことであっても、今までの自分ならば「結構です」と即答で断っていたはずだ。それなのに、おとなしくロックオンの指導を受けている今の自分に、ティエリアは驚きを隠せない。
 このところの自分でも予想だにしなかった急激な自身の変化は、ティエリアをずっと戸惑わせていた。ガンダムマイスターとして冷徹なまでに孤高を貫かなければならないのに、こんなふうにマイスター同士が親しく接していていいのだろうかと不安にさえ思う。
 ヴェーダから裁きの力を与えられているからこそ、どんなときであっても冷静に的確な判断を下せるよう他人と一線を画してきたというのに、今のティエリアはその自信がなかった。
 イオリア・シュヘンブルグの計画を遂行するためだけに生きてきたはずなのに。肝心の計画遂行中に心が揺らぐなど、あってはならないことだ。
 しかも、あろうことか、敵ともいえる人間に心を許している。こんな自分自身がティエリアには信じられなかった。
 裁きを下すべき人間が逆に裁かれかねない事態に陥っているとは、ティエリアにとっては認めがたい愚行だ。すぐにでも一切の感情を捨て去り、以前の自分に戻らなければならないと頭の中でもう一人の自分が忠告する。
 けれど―――――。
「―――ティエリア?」
 トリガーを引く指が止まってしまったティエリアに、ロックオンは訝しげに声をかけた。はっとしたティエリアは、視線を俯かせたままゆっくりを首を振った。
「―――なんでも…ありません」
 そのまま的に向かって再び照準を合わせよう上げた右腕を、ロックオンの左手に押さえられた。
「……え?」
 驚いて顔を上げると、ロックオンはやさしく微笑んだ。
「少し根を詰めすぎたか。疲れたろ?ティエリア。今日はここまでにしようぜ」
 気遣うように告げられ、ティエリアは己が不甲斐なさを恥じて俯いた。折角射撃訓練を申し出てくれたロックオンに申し訳ない気持ちで一杯だった。
「―――すみません……」
「謝んなって。誰にだって乗るときと乗らないときがある。そういうときはダラダラやったって仕方ないんだよ。切り替えも大事なことだ」
 ロックオンの気遣いが心苦しい。ますます俯いてしまったティエリアの肩に、ロックオンが宥めるように手を置いた。
「シャワーでも浴びてすっきりしたら、食堂へ行こうぜ。とっておきの紅茶を淹れてやる」
 おずおずと視線を上げると、ロックオンの労わるようなまなざしがあった。そのやさしいターコイズブルーの瞳を正視できないまま、ティエリアは彼に促されるようにシューティングルームを後にした。