ファースト・コンタクト 32



「―――そう。肩の力を抜いて両手でしっかり構えるんだ。ゆっくりと照準を合わせて……」
 トレミー内のシューティングルームでティエリアに射撃訓練をしているロックオンの様子を、アレルヤ・ハプティズムは微笑ましげなまなざしで見つめていた。
 本腰を入れて口説くとの宣言どおり、ロックオンはこれまで以上に積極的にティエリアに話しかけ、誘うようになった。モビルスーツシミュレーションや体術などのマイスターとしての訓練は勿論のこと、プライベートな時間であっても何かと理由をつけてはティエリアと一緒に行動するようになったのだ。
『―――ったく。人前で堂々といちゃつきやがって。おい、アレルヤ。あいつらどうにかなんねえのか?』
 頭の中で苛立たしげに吐き捨てる彼のもう一つの人格――ハレルヤに、アレルヤは苦笑を浮かべながら答えた。
「あれでいいんだよ。ロックオンにはティエリアを口説いてもらわなくちゃならないんだから」
『けっ。今更メガネを口説くなんて馬鹿じゃねえのか? んな風にちんたらやってるから、あの金髪野郎に掻っ攫われるんだ。さっさと押し倒してモノにしちまえばいいんだよ』
「―――ハレルヤ。それは流石にマズイよ…」
 過激なハレルヤをアレルヤは窘めるが、不遜な彼が聞くはずもなく、ますます挑発的な言葉を繋ぐ。
『なあにがマズイだ。お上品に手を繋ぐところから始めるってか? そんなんじゃ何年かかったって、激ニブメガネをモノにできねえだろうよ。俺様に任せておけば、一分で落としてやるぜ?』
「………」
 確かにハレルヤの言にも一理ある。
 今までティエリアに対して、ガンダムマイスターとしてしか接してこなかったロックオンだ。当然ティエリアの意識も、同じものであると考えられる。そんな彼のロックオンに対する意識を恋愛感情にまで発展させていくとなれば、いっそ強引なくらいの直截なアプローチが必要だろう。
 アレルヤの見たところ、今のロックオンのアプローチの仕方は、残念ながらソフトすぎて仲間の域を出ていないように思われる。しかし、だからといってハレルヤのように一気に肉体的な関係を築こうとすれば、プライドの高いティエリアを傷付けることになりかねない。ようやく寄せてくれるようになったティエリアの信頼を失うリスクを背負うくらいなら、ここは焦らずロックオンのペースに任せる方が得策だとアレルヤは考えた。
「―――いいんだ、これで。ティエリアが自然にロックオンに好意を寄せてくれなければ、意味がないんだから」
『……はん。いかにもおやさしいアレルヤ様の考えそうなことだぜ。俺には絶対真似できねえな』
 あきれたようなハレルヤの口調に、アレルヤは苦笑を滲ませるしかない。
 ハレルヤはきっと、ティエリアに対する自分の想いに気付いているだろう。だからこその挑発めいた言葉の数々は、暗に発破をかけているのだ。
 けれど、アレルヤとしては今更どうこうしようとは思わない。ロックオンに任せようと決めたのは、他でもない己自身なのだから。
 この引き際のよすぎるところがハレルヤは気に入らないのだろうが、もって生まれた性分なのだから仕方がない。
 だが―――。
 もし、ロックオンがティエリアを泣かせるようなことがあったら、そのときはきっと―――。
「―――ハレルヤ。僕はきみが考えているよりずっと利己的な人間だと思うよ」
 ぽつりと零した言葉にハレルヤはふんっと鼻を鳴らしてみせた。
『……そりゃまた、随分とおやさしい利己主義だな』
 皮肉げなハレルヤの言葉に、アレルヤは黙って肩を竦めて返した。