ファースト・コンタクト
22 「ティエリア! おい、ティエリア!」 ロックされたティエリアの自室の扉を叩きながら、ロックオンは中にいるティエリアに呼びかけた。 急に走り去ってしまったティエリアの様子が気になって仕方がない。何かに怯えたような瞳をしていた。一体、ティエリアに何が起きたというのか。 嫌な予感に焦りつつ、なおもティエリアを呼び続けていると、騒ぎを聞きつけたアレルヤと刹那がやってきた。 「どうしたんですか? ロックオン」 「ティエリアが部屋に閉じこもったきり出てこねえんだよ」 「なんだって!?」 「原因は?」 「それが俺にもよくわからねえんだ。さっきまで一緒にいたんだが、蜘蛛を怖がったかと思ったら、急に逃げるように走り出して、そのまま部屋に閉じこもっちまった」 「まさか、気分が悪くなって中で倒れているんじゃ…」 アレルヤの言葉に三人は険しい顔を見合わせた。 「ティエリア! 無事か! 返事をしてくれ!」 「ティエリアっ!」 扉を叩いて何度呼びかけても反応はなく、焦れたロックオンはアレルヤに視線を向けて最後の手段を口にする。 「仕方ねえ。こうなったら、ハロを使ってロックを強制解除するしかねえな」 「それしかありませんね」 「アレルヤ、刹那。ここを頼むぜ」 そう言い置いたロックオンが、コンテナでデュナメスをメンテナンス中のハロを呼びに行こうと踵を返したその時。ピーっとロックの外れる電子音が聞こえた。 「ティエリア!」 息を飲んだ三人が見つめる中、軽い空気音を立てて扉が開かれる。 ゆっくりと中から現れたティエリアの姿にロックオンはほっと安堵の表情を浮かべかけるが、俯いたまま顔を上げないティエリアに訝しげに眉を顰めた。明らかに様子がおかしいことを感じとったアレルヤも顔をくもらせ、刹那は表情を硬くした。 「……ティエリア?」 「―――――すみません……」 掠れた声はいつもの凛とした彼の声とは思えないほど沈んでいて、この短い時間の間に一体何があったのかと三人の胸をひどく騒がせた。 「……どうしたんだ? ティエリア」 心配げに声をかけるロックオンに、ティエリアはゆっくり頭を振った。 「――何も……」 「何でもないって様子じゃねえだろ。どこか具合でも悪いのか?」 急いたようなロックオンの言葉に、ティエリアはまた小さく頭を振った。 「――いえ…。本当に、何でもないんです。ただ……」 「ただ?」 「………宇宙に、帰りたくなっただけで………」 「……………」 ティエリアが地上を好まないことはロックオンも知っていた。それでも、いくら不機嫌そうにしていても、帰りたいなどと弱音を吐いたことなどなかったのだ。それがこんな風に頼りなげに口に出してしまうということは、ティエリア自身精神的に相当まいっているということではないだろうか。 顔を上げようとしないティエリアが泣いているような気がして、ロックオンは宥めるようにそっと細い肩に手を置いた。振り払われるかもしれないと思ったが、ティエリアはぴくっと僅かに肩を揺らしたものの、おとなしくされるがままになっていた。 「……プトレマイオスに戻るのは三日後の予定だ。それまで我慢できないのか?」 ロックオンの言葉に眼下のヴァイオレットの髪がふわりと揺れた。 「―――――もう…、地上にいたくないんです……」 疲れたようなその声音に、ロックオンは顰めた眉を険しくした。 ガンダムマイスターとして提示された行動でティエリアが異をとなえたことなど今までなく、それだけに彼の限界が近いことが察せられる。だが、かといってこのままティエリアの望むようにしてやれるかどうか、今のロックオンには判断しかねた。隠密行動をする自分達はエージェントの綿密なサポートに支えられており、予定外の行動をすることによって、万が一の不測の事態を引き起こすかもしれないからだ。 それはアレルヤも同意見のようで、気遣うようなまなざしでティエリアを見つめながらも口に出せずにいる。すると、隣にいた刹那がふいに口を開いた。 「……ミッションが終了した以上、無理に地上にいることはない。プトレマイオスに戻りたいのなら、明日にでも宇宙に上がればいい」 「おい、刹那」 何を言い出すんだと視線を送るロックオンとアレルヤを刹那は平然と見返した。 「予定はあくまでも予定だ。変更が生じたら、即座に対応するのがエージェントの仕事だろう。ティエリアが地上にいることを苦痛に思っているのなら、我慢させることはない」 思いもよらない刹那の言葉にティエリアは呆然と顔を上げ、まだ幼さの残る少年の顔を見つめた。 「―――刹那・F・セイエイ……」 ワインレッドの瞳に既に涙はなかったが、明らかに泣いたとわかる赤くなった眦を見て、刹那は顔を険しくした。 「ティエリア・アーデ。きみがそんな顔をしていると、ロックオンとアレルヤがひどく気にする。早く元のきみに戻ってくれ。でないと俺も困る」 朴訥な刹那の言葉にうろたえたようにティエリアが視線を泳がすと、心配そうな顔をしたロックオンとアレルヤと目が合った。今更ながらに泣き顔を見られてしまったことに羞恥を感じたティエリアは、気まずげにまた顔を伏せた。 「ティエリア…」 ロックオンに名を呼ばれ、ティエリアが気恥ずかしく思いながらもゆっくりと顔を上げると、労わるようなやさしいターコイズ・ブルーの瞳があった。 「そんなに辛いなら、先に宇宙に上がるか?」 泣きはらして赤くなった眦をそっと指先で撫でられる。何も理由を聞かずに我儘を通してくれるその優しさに、ティエリアは胸がいっぱいになった。ガンダムマイスターとしての資質を疑って揺れ動く今の自分に、ロックオンがアレルヤが、そして刹那が向けてくれる気遣いは、なによりの救いの手となってティエリアの心をあたたかく包み込んだ。 「ちょ…っ、ティエリアっ!?」 みるみるうちに瞳を潤ませ涙を零したティエリアに、ロックオンはうろたえた。何か悪いことを言ったのかと、おろおろと視線を泳がす年長者の両側から、冷ややかな声が聞こえてきた。 「……ロックオン。ティエリアを泣かせましたね」 「万死に値するな」 「って、俺のせいかよっ!?」 アレルヤに断言され、刹那に無表情に詰られて、ロックオンが困ったような顔をする。そんな三人の様子がおかしくて、ティエリアは小さく笑った。 「…ティエリア」 くしゃりと頭を撫でられ、ティエリアが瞳を瞬かせる。 「やっぱり笑った顔の方がいいな」 視線を上げた先にはやさしい笑みを浮かべたロックオンとアレルヤと刹那の顔があって、ティエリアは訳もなく泣きたいよな気持ちになった。 悲しくなどないはずなのに、何故こんなに胸が痛むのだろう……。 その理由が思いつかないまま、ティエリアは泣き笑いのような表情を浮かべながら三人を見つめた。 |