ファースト・コンタクト 25



「それでは教授、私はここで失礼させていただきます」
 トレインの搭乗口に立つレイフ・エイフマンに、グラハム・エーカーは略式の敬礼をした。
「フラッグのトップファイターにわざわざ「タワー」まで送らせて、贅沢が過ぎると叱られそうじゃな」
「いいえ。これくらいお安い御用です。教授こそ、専門外の私の操縦でさぞや緊張なさったことでしょう」
 レイフ・エイフマンの元に、コロニー開発機構から協力を求める通信が入ったのは数時間前のことだ。大至急という要望に、「タワー」までの最速の交通手段を考えていたレイフマンの元を訪れたグラハムが、軍用ヘリで「タワー」まで送ると申し出たのだ。いささか職権乱用気味であったが、ユニオン軍に多大な功績を寄与しているエイフマンの送迎となれば本部に否やはなかった。
「いや。流石はグラハム・エーカー。快適な乗り心地じゃったよ」
「恐れ入ります」
「それはそうと、今日は非番だったのだろう? 今更だがわしの都合に付き合せて悪かったな。デートの邪魔をしてすまなかったと、彼女にも伝えてくれ」
 レイフマンの言葉にグラハムは肩を竦めて返した。
「残念ながらそんな相手はいませんよ。このところ寂しい身の上です。第一、そうでなければ教授の元にお邪魔していません」
「はて。エムスワッド一の色男が珍しいことじゃの」
「今は、女性よりもっと心奪われる存在がいますから」
 にやりと不敵なまなざしを向けるグラハムに、レイフマンは苦笑を浮かべた。
「ガンダム…か。相変わらず夢中のようじゃな」
「ええ。昨日は会えなくて悔しい思いをしましたよ」
「まあ、そういうことなら私としても気が楽だ」
「お帰りの際も連絡をいただければ、お迎えに参上致します。警護を兼ねておりますので、どうぞお気遣いなく」
「そうか。それならば遠慮なく頼むとするかな。最近年のせいか、長時間の移動は疲れてしまってな」
 冗談めかして承諾の意を告げるレイフマンに、グラハムは苦笑で返した。
「では、教授。道中お気を付けて」
「ああ。ありがとう」
 ゆったりとした動作でトレインに乗り込むレイフマンの後ろ姿を見送ったグラハムは、彼が個室のシートに座るのを確認すると、ゆっくり踵を返した。
 このまままっすぐエムスワッド本部へ戻ってもよし、久しぶりに来た「タワー」の施設内を散策するもよし。どうしようかと思案しながらグラハムが出発ロビーへ向かっていると、軍服の胸ポケットに入れておいたプライベート用の携帯が着信を告げた。
「カタギリか…?」
 結果的に置いてきぼりを食らわせた格好になってしまった彼からの恨み言かと思って携帯を取り出すと、ディスプレイには見知らぬナンバーが表示されていた。訝しげに眉を顰めた次の瞬間、脳裏を掠めたある予感にグラハムは目を瞠った。
「まさか…っ!」
 見覚えのないナンバーを映す携帯のディスプレイを見つめるグラハムの胸が激しく騒いだ。
 ―――ティエリア!?
 とうとう彼から連絡をよこしてくれたのかと浮き立つ心と裏腹に、これが彼でない可能性もあると頭の片隅で妙に冷静に分析する自分がいる。
 可能性からいえば、そうでない確率の方が高いだろう。なにしろ、今まで一ヶ月以上なしのつぶてだったのだ。今更連絡をよこす理由などないも等しい。
 だが、ひょっとしたらティエリアかもしれない。可能性はゼロではないのだ。
 いや、グラハムとしてはむしろ、一縷の望みに縋りたい気持ちの方がはるかに強い。
 ならば、ここはかけてみよう。自分の直感と、二人の運命に。
 グラハムは祈るような気持ちで通信をオンにした。