ファースト・コンタクト 05



 真摯な光を宿したオリーブグリーンの瞳がゆっくりと近付いてくる―――。
 彼が何をしようとしているのかわからぬほど子供ではない。肩に置かれたグラハムの手には拘束する力はなく、あっさりと前言を撤回した不埒な男に今度こそ平手打ちをくれてやることも可能なのに、まるで見えない糸に雁字搦めにされてしまったかのように、ティエリアは指先ひとつ動かすことができずにいた。
 吐息がかかるほど近くにある端整な貌に、とくんと心臓が跳ね、息を飲んだ。
 オリーブグリーンの双眸が甘く命じる。
 瞳を閉じて、と―――。
 狡猾なその瞳に魅入られたかのように、ワインレッドの瞳が静かに閉じられた。
 くちびるが触れた瞬間、ティエリアはびくん、と身を震わせた。頭の中が真っ白になって、知覚するのはグラハムの唇の熱さだけ。
 ―――あつ、い……。
 初めて知った他人の熱はティエリアをひどく戸惑わせた。何故とかどうしてとか、疑問符ばかりが頭の中を駆け巡る。それでも不思議と嫌悪感は感じず、それがまた混乱に拍車をかける。
 やがて名残惜しそうに唇がゆっくりと離れていき、思わずティエリアは肩で大きく息を吐いた。火照った頬が熱く、鼓動はまだ早いままだ。そんな彼を宥めるかのように、グラハムが背中をやさしく撫でてやる。
「……殴られるかな?」
 揶揄するようなグラハムの声に、漸く落ち着きを取り戻したティエリアが冷たい視線を向けた。
「……今、殴ってやろうかと思っていたところです。右か左か、リクエストを伺いますよ?」
「どちらも遠慮したいな」
 そう言って苦笑するグラハムをティエリアは眇めた目で見据えた。
「前言を撤回したのは貴方ですから。報復を受けるには十分すぎる理由でしょう?」
「そのことに関して私に反論の余地はないね。でも敢えて弁明させてもらえば、それはあまりにもきみが魅力的すぎたせいだ。私の理性を一瞬で溶かすほどのね」
「すぐ溶けるような理性など、ないも同然ですよ、ミスターエーカー」
 翻弄されてしまった悔しさからか、容赦のない口調のティエリアにグラハムは苦笑を浮かべてみせた。
「これは手厳しい。だが、私は困難であればあるほど燃える性質でね」
 そう言ってグラハムは、嫌そうに眉を顰めるティエリアの白く滑らかな手を恭しく取り、手の甲にくちづけた。情熱を孕んだオリーブグリーンの瞳が真っ直ぐにティエリアに注がれる。
「私はきみに興味を抱いた。これから本腰を入れて口説かせてもらうよ」
 高らかに宣言する自信過剰な男に、ティエリアはそっけなく返した。
「ご勝手に」