ファースト・コンタクト
04 「ティエリアがいなくなったぁ!? どういうことだよ、それ!」 迎えに行ったアレルヤからティエリアが待ち合わせのカフェから消えてしまったという話を聞いたロックオンは、眦をつり上げて一人戻った彼に詰め寄った。興奮して今にも胸倉を掴まれそうなロックオンのその勢いにアレルヤは胸元で小さく降参のポーズを取りながら、宥めるように状況を説明する。 「だから、僕がカフェに行ったときにはもうティエリアの姿がなかったんです。それでウエイターに聞いてみたら、どうやらティエリアは見知らぬ誰かとトラブルを起こしてしまったみたいで、そのままその相手と一緒にどこかへ行ってしまったそうです」 「どこかってどこへだ」 「そんなこと僕に聞かれてもわかりませんよ」 ますます目つきが剣呑になってゆくロックオンに、アレルヤはやや腰を引きつつ応える。 「ああっ。やっぱ無理やりにでもティエリアをアトラクションに乗せるべきだったか? あいつがカフェで待ってるなんて言ったとき、なんとなーく嫌な予感はしてたんだよ、俺はっ!」 片手で頭を掻き毟るロックオンに、電話をかけ終えた刹那が冷静に言った。 「ティエリアは興味のない乗り物に無理やり乗せられるような奴じゃないと思う」 「そうだね。でも、まさかいなくなるなんて予想もしてなかったから。刹那、ホテルの方に訊いてくれた?」 「ああ。戻ってきていないそうだ」 「そっか。もしかしたら先に帰ってるかもと思ったんだけど…。ティエリアに携帯を持たせなかったのは失敗だったね」 「アレルヤ。ティエリアと揉めてたっていうその野郎は誰なんだ?」 「わかりません。ただ、金髪の随分な色男だって話でしたけど。でも、あのティエリアが知らない人間について行くなんてまず考えられないし」 顎に指先を当てて考え込む仕種をするアレルヤの隣で、ロックオンがはっとしたように声を上げた。 「てことは…誘拐っ!?」 「考えたくはないですけど、可能性は否定できませんね。本当に、こんなことになるなら、ティエリアをひとりにしないで僕がついていればよかった…」 肩を落とすアレルヤの背中をぽんと叩いて刹那が慰める。 「アレルヤが悪いわけじゃない。誰だってこうなることを予測するのは不可能だったはずだ」 「それはそうなんだけどね」 「ティエリアだって子供じゃないんだし、もし何かあっても自分で対処できるだろう。それだけの訓練を俺達は受けてきたんだから」 「おい。何かって何だよっ、刹那!」 妙に淡々とした口調の刹那の言葉にぎょっとしたロックオンの脳裏を、嫌な予感が駆け巡った。 ティエリアはあのキツすぎる性格が難だとはいえ、黙っていれば華奢で儚げな風情の美人だから、正体を知らない男達がトチ狂って散々言い寄ってきていたことは誰もが知っている。彼がその命知らずな奴らを蛇蠍の如く忌み嫌い、容赦なく叩き潰してきたことも。 ガンダムマイスターであるティエリアの腕を信用しないわけではない。だが、しかし。物事には万が一ということがあるのだ。そして、それがまさかと思っているときに限って訪れることもロックオンは知っていた。 「…誘拐じゃないのか?」 それを心配しているんじゃないのかと瞳で訊ねる刹那に、拍子抜けしたロックオンは軽い脱力感を覚える。 「へ? あ、ああ…そうなんだ、そうそう」 汚れた大人の自分を自覚させられて、ロックオンはなんとなくバツが悪かった。 そんな二人のやり取りを見つめていたアレルヤの頭の中で、もう一人の自分の揶揄する声が聞こえてくる。 (ティエリアも黙っていればかなりの美人だしなー。貌に騙された馬鹿な奴に連れ去られたって不思議じゃねえぜ?) 『…ハレルヤ』 (大体、ロックオンの奴が過保護すぎるんじゃねえの? 女子供でもあるまいし、ほっといたって手前で帰ってくるさ。あ、それとも今頃、そいつに色々されてるかもなー) 意味ありげな含み笑いにアレルヤは柳眉を顰める。 『ハレルヤ。変なことは言わないでくれないか』 (変なことじゃねえぜ? 結局それが一番可能性が高いだろうが。どう考えたって営利目的じゃねえし、身体目当てに拉致ったって考えるのが妥当だろ?) 「ハレルヤっ!」 突然声を荒げたアレルヤに、驚いたロックオンと刹那が同時に振り返った。 「どうした?」 「…すみません」 シルバーの瞳を伏せて気まずそうにするアレルヤに、ロックオンはひょいと肩を竦めてみせた。 「どうせハレルヤの奴が馬鹿なことを言ったんだろ」 「まあ、そんなところです。それより、このままここにいても仕方ありませんから、みんなで手分けして探しませんか?」 園内は流石に広いが自ずと探す場所も限定されるので、三人で手分けすれば不可能ではない。 「だな」 そう言ってロックオンはポケットから案内図を取り出し、捜索範囲の割り振りをする。 「二人とも携帯は持ってるな。何かあったら各自すぐに連絡を入れること。二時間後にいったんここに集合。いいな?」 「了解」 「わかった」 駆け出してゆく二人の背中を見送った後、ロックオンも踵を返した。その拍子に胸ポケットに入れたティエリアの眼鏡の存在を思い出し、布の上からそっと触れてみる。 「折角虫除けしたってのにな」 ティエリアから眼鏡を取り上げて自身のサングラスをかけさせたのは、彼の綺麗な貌を他人から隠すためだ。他人の視線に敏感なティエリアにとって、少しでもフィルターの役割を果たせればいいと思ってのことなのだが、果たして効果があったのかどうか。頼むから効いていてくれと、ロックオンは祈るような気持ちでいっぱいだった。 「無事でいてくれよ、ティエリア」 それでも、もし万が一、ティエリアが連れ去られた男に望まぬことを強いられたなら、容赦はしない。どんな手を使っても必ずそいつを捜しだす。 そして―――。 ロックオンのターコイズブルーの瞳の奥に、背筋が凍るほどの剣呑な光が宿った。 「この手で、狙い撃ってやる」 |