ファースト・コンタクト
14 「ん…っ」 グラハムの胸の中に抱き寄せられ、噛み付くような勢いで唇が重ねられた。歯列を割って入り込んできた舌にティエリアはびくんと身体を震わせるが、今度は噛み付くことなく素直に口内を明け渡す。それに勇気を得たかのように、グラハムは華奢な身体をさらに深く抱き締めると情熱的なキスを仕掛けてきた。 舌を強く吸い上げられ、優しくあやされ、グラハムの細やかな舌遣いに身体がぞくりと震えてしまう。ようやく唇が離れた頃には、ティエリアの呼気は乱れ、力の入らない両足を支えるためにグラハムの背に縋りつく有様だった。 「―――ティエリア、正直に応えてくれないか?」 腕の中で息を整えているティエリアのこめかみにやさしいキスを落としながらグラハムが訊ねた。 「誰も好きになったことはないときみは言ったね。…もしかして、キスは初めて?」 ぴくん、とティエリアが肩を揺らす。 なんという傲慢な問いだろう。否定すれば好きでもない人と平気でキスをする人間だと認めるようなものだし、かといって肯定するには羞恥心とプライドが邪魔をする。大体、この男を喜ばせるような癪に障る返答などできるはずがない。 「……………」 応えられずに黙っていると、頭の上で小さく笑う気配がした。 「だんまりかい? ということは、肯定と受け取って構わないってことかな?」 「そんなこと、聞くことじゃないでしょう!」 余裕のある態度がなんとも忌々しい。 弾かれたように顔を上げたティエリアは恥知らずな男を睨みつけるが、先ほどのくちづけで潤んだ瞳で睨まれてもそれはグラハムを煽るものでしかなかった。 「…ティエリア。そんなふうに可愛らしく睨んでも私を煽るだけだよ?」 「んん…っ」 再び深く唇が重ねられる。 グラハムの心情を表したかのような激しい、けれど丁寧なくちづけに、慣れていないティエリアは容易に翻弄され、頭の芯がぼうっと霞んでゆく。執拗なほど長い濃密なくちづけに力が抜けて立っていられず、縋る腕の力もなくて、ティエリアはグラハムの両腕で支えられなければその場に頽れていただろう。 「…応えて、ティエリア」 甘い毒を孕んだ艶やかなテノールに耳元で囁かれ、背筋を快感めいた痺れが奔る。甘やかな呪縛に絡め取られたティエリアが、くちづけのせいで紅く染まった唇でたどたどしく応えを返した。 「―――――誰とも……したことなんか、ない……」 「きみの初めてをもらえるなんで光栄だね」 オリーブグリーンの瞳を輝かせてひどく嬉しそうな笑顔を見せるグラハムに、ようやく思考が戻ったティエリアはくちづけの余韻に染めた眦で詰るように言った。 「何がそんなに嬉しいんですか?」 「馬鹿な男と笑ってくれたまえ。初めてきみに触れたのが私だと思うと、喜びに心が震えて仕方がない。この幸運を与えてくれた神に感謝したくらいだ」 情熱的に言葉を紡ぐグラハムに軽く目を瞠ったティエリアは、諦めたように瞳を閉じると溜息を吐いた。 「よくもまあ、そんな歯の浮くような台詞を真顔で言えるものですね。尊敬に価しますよ」 ティエリアの嫌味に、彼の白くしなやかな右手を取ったグラハムは、その手の甲に恭しくくちづけながらさらりと返した。 「これもきみを想うが故と、愚かな男を赦してくれるかい?」 間近に迫ったオリーブグリーンのまなざしがティエリアの言葉を奪う。 「―――――馬鹿……」 俯きながらようやく出せた声音は思ったよりも掠れて頼りなげで、罵ってやりたかったティエリアは、思い通りにならない自分が悔しくて唇を噛んだ。その顎を指先ですっと持ち上げられたかと思うと、下唇を親指で労るように撫でられた。 「きみのこの可憐な唇を噛んでいいのは私だけだよ…?」 そう傲慢に言い放ったグラハムは、甘い吐息を零す唇を再び己がそれで塞いだ。 優しくあやすようなくちづけを、額から滑らかな頬へ、そしてほんのりと紅く色づく唇へと落としてゆく。 「ティエリア…」 瞳を閉じて啄ばむようなそれを受けていたティエリアは、名を呼ばれると長い睫に縁取られた目蓋をゆっくりと開いた。切れ長のワインレッドの瞳はくちづけの余韻で潤んでいて、震えがくるほどに艶かしい。秀麗な美貌を愛おしげに見つめたグラハムは、はにかむように伏せられた目元に優しいキスを贈り、そして紅く濡れた唇を己が熱いそれで塞いだ。 啄ばむような甘いくちづけを、まだ固さの残る華奢な身体がほぐれるまで辛抱強く繰り返す。やがて唇から甘い吐息が零れる頃になると、すっかり力の抜けたティエリアの身体をベッドの上へ横たえた。 「会ったばかりのきみをベッドに誘うなんて、不埒な男と蔑まれないだろうか?」 「……それこそ愚問ですね」 まだ少し息を乱しながらティエリアが言った。 「というより、私自身戸惑っています。はっきり言って自分でも理解できない行動ですが…人の肌の熱さを感じてみたくなったのかもしれません。貴方ならば、それを教えてくれるのでしょう?」 ワインレッドのまなざしが妖しいまでの艶やかさで見上げてくる。その瞳の美しさに魅入られたグラハムは苦笑を浮かべた。 「きみには完敗だ…」 グラハムはもう一度、今度は深く唇を重ねると、手慣れた動作でシャツのボタンを一つずつ外していった。肉付きの薄い滑らかな肌に掌を這わせてゆくたびに細い身体が微かに震え、明らかにこの行為に慣れていないことを物語るその過敏な反応はグラハムにとってはひどく新鮮で、込み上げてくる愛しさが止まらなかった。この無垢な身体を自分の色に染めてゆく――そんな昏い悦びに、愛撫の手にも力が込もる。 ほっそりとした首筋から鎖骨、そして小さな蕾が震える胸元を舐めては噛んで、噛んでは舐めて、飽くことなく繰り返す。器用な指先がまさぐるように華奢な背中のラインを滑り落ちると、呼応するように悪戯な唇は下に下に下がってゆく。 グラハムの愛撫は巧みすぎて、ティエリアの意識と身体をバラバラにしてしまう。身体を駆け抜ける快楽に頭がついてゆかなくて、高ぶりすぎた感情が喉を震わせ嗚咽が漏れた。 「い…や……、あぁ…あ……っ」 眦に一杯の涙を貯めて懇願してもグラハムは許してくれない。そればかりか、滑らかな太股に這わせていた掌を身体の中心で脈打つ自身に移され、ティエリアの唇から声にならない悲鳴が上がった。 「…………っ!」 一番敏感な場所をしなやかな手に包み込まれ、淫らな手技で追い立てられ、痺れにも似た恐ろしい震えが背中を駆け抜ける。そのあまりの刺激の強さにティエリアの頭の中は真っ白になり、グラハムの促すままに快楽の階を昇りつめていった。 「あっ…、あああ……っ!」 白く滑らかな背を弓なりに逸らし身体を硬直させたティエリアは、次の瞬間ふっと意識を途切れさせた。まるで負荷がかかりすぎた本体を守るためにセーフティロックがかかったかのようにくたりと力の抜けたティエリアの華奢な身体を、グラハムは壊れ物でも抱くかのように両腕でやさしく抱きとめた。 「ティエリア…?」 意識を飛ばしたティエリアの耳元で優しく名を呼ぶと、暫くして震える目蓋がゆっくりと開き、涙に濡れた鮮やかなワインレッドの瞳がグラハムを映し出す。 「……大丈夫かい? 少し無茶をさせてしまったかな?」 甘い痺れに頭の芯が霞んだままのティエリアがぼんやりとグラハムを見上げてくる。その無垢な子供のような表情に、初めての彼相手に手加減できなかった自分の未熟さを恥じたグラハムは、アッパーシーツを剥いで簡単にティエリアの身体を清めると、再び腕の中に深く抱いた。 欲望はこのまま流されてしまえと唆すが、こんなときに限って強固な理性が立ちはだかる。 本音を言えば最後まで抱いてしまいたかったが、吐精くらいで意識を飛ばしたティエリアのことを考えると、どうしても躊躇われた。この様子では自慰さえも殆どしていないに違いない。そんな彼に身体を繋げる行為はまだ早いように思えるのだ。 それに、こんな状態のティエリアを抱いてしまったら、あの男に侮蔑される気がする。たとえそれが自分の預かり知らぬところでのことであったとしても、プライドの高いグラハムには許せることではなかった。 まだ呼吸の整いきらないティエリアの菫色の髪に顔を埋めながら、なんとか情欲を抑え込んだグラハムが静かに言った。 「―――ティエリア。私は本来我慢弱い男だけれど、こんな状態できみの初めてをもらおうとは思わないよ」 「なっ…!」 直截な言葉に顔を上げたティエリアの白磁の頬に朱が昇る。セクシャルな挑発にうろたえて視線を外すティエリアの目元にやさしくキスを落としたグラハムは、逃げようとする細い顎を捕えて再び唇を重ねた。 「んっ…」 怯える舌を誘い出したグラハムは、付け根まで深く絡ませては強く吸った。やがて怖ず怖ずとグラハムの誘いにティエリアの舌が応えはじめると、気を良くしたグラハムは更に深く情熱的なくちづけをティエリアにほどこしてゆく。やがて、ティエリアの甘い口内を思う存分楽しんだグラハムは、腕の中でくたりと力の抜けた彼の耳元で囁いた。 「―――今度会った時は、きみのすべてをもらうよ? 覚悟しておいて、ティエリア」 ひどく淫蕩な毒を孕んだテノールに耳朶を犯されたティエリアは、背筋を奔る痺れるような甘い官能の予感に身体を戦かせた。 |