カンニング道
カンニングとは、
学生として、
いや、人間として決して手を染めてはならない
最低で卑劣な行為である。
見つかってしまえば
その半年間の単位が全部なくなってしまうばかりか、
留年も覚悟しなければならない。
しかも、大学内の掲示板に名前を貼り出されてさらし者となるため、
ずっと心の傷痕として残る。
残るのはそれだけではない。
大学にもその犯行の資料が残って
一生をも棒に振りかねないのだ。
大学時代の私はカンニングが大得意だった。
「いきなりかい!」
そのカンニングの仕方たるや、
まわりの友人達から驚嘆の声があがるほど。
ノートを小さく小さく縮小コピーして
試験会場に持ち込むのは子供のすることである。
筆箱の底なんかに書き込みをするのは赤子同然だ。
しかも、その内容は何の工夫も施されておらず、
ただ友人から手に入れたノートを丸写ししただけのものだ。
アマチュア過ぎる。
そんなことではアマチ真理。
やるならやるで、
根性を入れ直してきちんとやらなければならない。
まずは大学内の図書館に行く。
そこでやることは情報収集である。
大学生にもなって情報の大切さをおろそかにするヤツは、
アマチ茂だ。
模範解答のコピーを手にウロウロしている連中を
昼食1回で買収する。
ただし、ひとつの模範解答を手に入れただけで安心してはならない。
ひとつの科目に対し、
必ず数種類の模範解答をゲットし、
なおかつ図書館で調べて
カンニング用にオリジナルのカンペを作成するのだ。
そこまでやらないと、
可は取れても優は取れない。
カンニングは、
ただ単に他人と同じ物を解答用紙に書き写してそれで終わり、などという、
そんな甘いものではない。
みんなが同じ模範解答をカンペとして利用したら、
先生が採点の時点で気付いてしまうではないか。
舐めてかかるから単位は取れても優は取れないのだ。
カンニングの道はイバラの道なのである。
私のカンペは凝っていた。
まず、大学内の生協で数十個の同じ消しゴムを購入する。
レジのおばちゃんに怪しまれるが気にしない。
そして、中身の消しゴムを抜き、
紙のカバーをカッターで切り開く。
すると、ちょうどキャラメルの包み紙程度のサイズになる。
後はロットリング用の極細ペンを使い、
息を止めてただひたすら消しゴムカバーの内側に文字を書き続けるのである。
呼吸は文字が乱れる原因となる。
書き終えればセロテープでキレイに復元して完成だ。
消しゴム1個分で原稿用紙1枚の400文字は確実に書ける。
ただし、カンニングの際には
答案用紙の中心に消しゴムケースを立てておいて、
上から覗き込むようにしなければならないので、
自分で読むことができなければ意味がない。
なおかつ、念の為にカバーの両端は
2ミリくらい白紙の部分を残さなければならない。
試験の監督官が横から見た時に、
カバーの内側の文字が見えてはアウトだからだ。
念には念を入れ、
試験会場には誰よりも早くたどり着き、
できるだけ真ん中よりの良い席をゲットすることが肝要である。
この方法は1回の試験で5個程度の消しゴムを必要とした。
消しゴムはそれぞれ別々のポケットに入れる。
机の上には消しゴムを1個しか置くことができないからだ。
どの問題にどの消しゴムのカンペが必要になるかは事前に必ず暗記し、
消しゴムにカッターで切り込みを入れておき、
指先でそれを確認して必要な消しゴムを取り出す。
カンニングの際の注意点としては、
消しゴムケースの内側の文字を読んでいる間、
右手は休むことなく文字を書き続けなくてはならないことだ。
カンニングが見つかる場合、
大概はカンペを見るのに必死になるあまり、
手の動きがおろそかになってしまって監督官に見破られてしまう。
よって、右手はひたすら文字を書き続け、
左手は消しゴムを弄び続けなければならない。
消しゴムケースがうっかり転んでしまわないように
細心の注意を払うことは言うまでもない。
完璧と思われたこの方法も、
カンニングする生徒が続出した私達の試験には、
従来1名だった監督官が
いきなり3〜4名にパワーアップしたため
使えなくなってしまった。
もっとも、
この方法は普通に勉強すれば3時間で済むところを、
カンペ作成に5時間
(息を止めながら文字を書くので、1個につき1時間かかる)
かけて作成していたため効率が悪く、
なおかつ証拠が残ってしまうため、
非常に危険だったのである。
その後、私は数々のカンニング方法を試みた結果、
最終的には試験終了と同時に証拠も隠滅しているという、
究極のカンニング技を編み出したのである。
その技とは―――――。
まず、靴底が白くて使い古したスニーカーを用意する。
靴底が擦り減っていればいるほど価値がある。
カンニングのための最終準備は試験当日の2時間ほど前、
図書館で行なう。
もちろん、そのための模範解答集め等の事前準備を怠ってはならない。
いつもの先の細いロットリング用のペンを取り出す。
おもむろにスニーカーを脱いで机の上に置いて裏返す。
後はただただ小さい文字で靴底に書き込み続けるのである。
あなどってはいけない。
原始的な方法ではあるが、これが意外に見つかる危険も少ないのだ。
試験中、解答に息詰まる。
すると私はゆったりと足を組み、
首なんかをほぐしながら考えるフリをして靴の裏を見る。
監督官と目が合ってもひるんではいけない。
監督官が近づいて来たらゆったりと足を下ろす。
ゆったりと、というのがポイントである。
決して挙動不審になってはいけない。
靴の底までは監督官から絶対に見えない。
答案を書き終えると貧乏揺すりをして床にかかとを擦りつけ、
証拠隠滅を図る。
完全に消えたことを確認して、
なおかつ念の為に摺り足で答案を提出しに行く。
出口で監督官にニッコリ微笑んで、
試験会場から出てしまえば完全犯罪成立である。
みんなこの方法をバカにしたが、
数々の試練を乗り越えてきた私にとっては最も安心できる作戦だった。
もちろん弱点もあった。
図書館から試験会場の教室まで、
つま先だけで歩いて行かなければならないのである。
ある時、完璧に仕上がったスニーカーを履いて図書館を出ると
空は雨模様だった。
危ない、危ない。
こんなところで靴を濡らしたら今までの努力が水の泡じゃ、
などと思いながら慎重に階段を降りていると、
背後から私のスニーカーの重要性など何も知らないジロちゃんに、
「よっ!仕事人。カンペの仕上がり具合はどうじゃ?」
の声とともに肩を思いっきりしばかれ、
バランスを崩して水溜まりに落ちてしまった。
次の瞬間、
私の単位はインクとともに水の中へ消えて行った。