ジロちゃんの悪巧み
大学というところは、試験の時期が近づくと、
いろんな予想問題情報が耳に入ってくるようになる。
その試験の予想問題情報はあまりも多過ぎる上に、
真偽のほども定かではない。
最も難しいとされる経済科目の試験が目前に迫ったある日、
F教授のゼミの生徒であるジロちゃんが、
図書館で周りの学生に聞こえるか聞こえないかの小声で
私に突然こんな情報を伝えてくれた。
「あげはらなぁ、
お前にだけオイシイ情報教えてやるけん、
よーに聞いとけよ。
この前のことなんやけど、
ゼミの時間よりもちょっと早めにF教授の研究室に入ったらなぁ、
教授の机の上にポンと作りかけの今回の試験問題が置いてあったんや。
見たらいかんとは思うたんやけど、
誰っちゃおらんかったけん、
つい魔が差して見てしもうたんや。
問題は『△△について論ぜよ』いう内容で、
そういやこの前の授業で
いつもより強調しよるけん怪しいなぁとは思いよったんや。
そやから間違いないわ。
もう今回の単位はもろうたも同然や。
俺は今からこっそり自分だけの模範解答作って丸暗記じゃ。
俺はこの1点勝負で行くぞ。
お前やから教えたんやぞ。
みんなが知ってしもたら全員テストができてしまうやんか。
教授が疑い始めたらいかんけんな。
『△△について論ぜよ』やぞ。
ええか。
オレらだけ確実に単位を取ろうと思ったら
絶対誰にもこのことはしゃべるなよ」
と、最後にクギを刺して話を終えた。
私は目を丸くしてジロちゃんの話に聞き入っていた。
これはすごい情報じゃ。
ゼミ生のジロちゃんが言いよるんやから間違いない。
ジロちゃんは私にそれだけを話すとキョロキョロと周囲をうかがった。
そして、何かの手応えを感じたようにニンマリした後、
私にこっそりトイレに来るよう促した。
ジロ「まさかお前、さっきの俺の話を信じとるんとちゃうやろな?」
私「え?ウソやったん?」
ジ「当たり前じゃ!
そんなうまい話があるか!
あの几帳面なF教授が
試験問題を机の上に放ったらかすワケないやろーが!」
私「ほな、さっきの話は何やったん?」
ジ「まぁ見とれ」
ジロちゃんは不敵な笑みを浮かべてトイレを去って行った。
3時間後―――――。
なんと、さっきジロちゃんから聞いた話が、
多少の尾ヒレがついてはいるものの、
何も知らないはずの別の友人から私のところに回って来たのである。
「これはF教授のゼミ生が仕入れた情報らしいけん、
信憑性が高いぞ。
お前だけに教えてやるけん、
絶対誰にもしゃべるなよ」
え?
でも、それって3時間前にジロちゃんが…
と思ったところへ偶然ジロちゃんが通りかかったので、
その話を持ち出した。
ジロ「おう、俺も今のところ3人からその話を耳打ちされたわ。
みんなアホやの。
ふぇっふぇっふぇっ」
ジロちゃんしか知りえない情報を、
ジロちゃん本人も別の友人達から教えられたことになる。
そしてジロちゃんが、
まぁええからとりあえず俺と一緒に図書館に来い、
というので従った。
図書館では、どいつもこいつも、
それこそその科目を履修していると思われる学生は全員、
さっきジロちゃんが私だけに教えてくれたハズの部分を勉強していた。
ジロ「あそこは絶対試験に出んけん、
他のところのカンペ作ろーぜ」
そして迎えた試験当日。
試験問題が正面の黒板に板書された瞬間、
試験会場がざわつき、
あちらこちらから「騙された!」という声があがった。
その科目を履修していた学生はそこしか勉強
(あるいはカンニングペーパーの作成)
していなかったため、
大半の学生が白紙の答案用紙を提出することになった。
図書館での私への耳打ちは、
ジロちゃんの陽動作戦だったのである。
たったアレだけの簡単な作戦は、
結果としてなんと約300人もの学生を欺くことに成功した。
騙されなかったのは、
私を含むジロちゃんと仲の良い友人数名のみであった。
ジロ「あぁ、オモロかった。
うまい話にはウラがあるいうこっちゃ。
あれで単位落として留年するヤツ、
気の毒やのー」
ジロちゃんよ。
お前、将来は政治家になった方がええぞ。