ゴマちゃん幼虫

学生時代のアルバイト先の先輩に

 

G間F士男(GまFじお)さん

 

という非常に珍しい名前の先輩がおり、

 

今でも付き合いがある。

 

 

 

珍しいのはその名前だけにとどまらず、

 

彼のキャラクターも名前以上に面白く、

 

加えてサービス精神も人並み外れて旺盛であった。

 

 

 

 

G間さんは、県内の大学を卒業後、

 

瀬戸内海に浮かぶ小さな島の小学校の先生となり、

 

講師の契約期間が終了してからは、

 

つい先日まで学習塾の先生をしていた。

 

 

 

学校や塾では先生らしからぬ先生として非常に人気が高く、

 

その特異なキャラクターと小太りの体型から、

 

生徒達にはゴマちゃんと呼ばれ親しまれていた。

 

 

 

先日、両親が暮らす出身地の奈良へ帰った時のことである。

 

 

 

香川県から関西方面へ向かう場合、

 

新幹線を使わずに船で神戸へ渡った方が非常に経済的なため、

 

現在無職のゴマちゃんは、

 

時間はあるがお金がないので、

 

もちろんそのフェリーを利用した。

 

 

 

たまたま休日と重なったその日、

 

フェリー内は2等船室まで乗客でごった返していた。

 

 

 

高松から神戸までは4時間程度かかる。

 

椅子に座るか、あるいはどこかに寝っ転がっていないと

 

しんどくて身体が持たない。

 

 

 

準備の良いゴマちゃんは、

 

こんなこともあろうかと

 

バイクのツーリングでいつも使っている寝袋を持参していた。

 

 

普通、寝袋まで持ってフェリーに乗るヤツはいないのだが、

 

さすが元教師、ゴマちゃんである。

 

 

どうでもいいところに段取りが良い。

 

 

 

トイレ前のスペース(と言ってもただの通路)を陣取ったゴマちゃんは、

 

乗船と同時に寝袋を広げ、

 

さっさとその中に潜り込んだ。

 

 

 

横ジワの入った茶色い寝袋から顔だけをのぞかせたその姿は、

 

まさに巨大イモ虫。

 

 

 

他の乗客にしてみれば、

 

トイレ前の巨大イモ虫は異様かつ邪魔な存在だったに違いない。

 

 

 

周囲の目も気にせずウトウトし始めた頃、

 

遠くから2つの足音がゴマちゃんに近付いて来た。

 

 

1人は大人、そしてもうひとつの歩幅の小さい足音は子供である。

 

 

 

うすく目を開けて足音の方を見た時、

 

小さな足音の主である男の子が母親に向かってこう言った。

 

 

「ママ、あそこに怪獣の幼虫がいるよ」

 

 

 

ゴマちゃん幼虫に興味を持った男の子が

 

恐る恐るゴマちゃんに近付いて来た。

 

 

 

ゴマちゃんは小学校の先生をするほど、

 

無類の子供好きである。

 

 

 

ここで何かをやらなければ男がすたる!

 

とつい考えてしまうあたりがゴマちゃんの良いところであり、

 

人格を疑われるところでもある。

 

 

 

男の子がゴマちゃんまで

 

あと1メートルくらいまで近付いたその瞬間。

 

 

ゴマ「ミャ〜!

 

 

男の子「ギャーッ!」

 

 

 

 

 

怪獣の幼虫の鳴き声が

 

なぜミャーなのかはゴマちゃんのみぞ知るところであるが、

 

とっさにゴマちゃんの口から発せられた言葉が

 

ミャーだったのだから仕方がない。

 

 

 

男の子は悲鳴をあげたかと思うと、

 

母親のところまでアタフタと駆け戻り、

 

足にしがみ付いた。

 

 

 

まだまだ若いその母親には大ウケであった。

 

 

 

 

その後、怯えながらもゴマちゃん幼虫に興味を示す男の子に、

 

ゴマちゃんは怪獣の幼虫らしくクネクネとのた打ち回りながら、

 

トイレ前をミャーミャー!と這いずり回った。

 

 

 

ここまでくれば、男の子に、と言うより、

 

若い母親に対する大サービスであった。

 

 

 

ゴマちゃん幼虫は、

 

小さい子供以上に無類の若い女性好きであった。

 

 

 

 

これでやめておけば良かったものを、

 

これはウケる!と勘違いしたゴマちゃん幼虫は、

 

トイレに入ろうとした女子高生をもターゲットにしたのである。

 

 

 

ゴマちゃん幼虫は、

 

若い女性以上にマニアと呼ばれるほど

 

ムチムチ女子高生が大好きであった。

 

 

 

トイレに入ろうとする女子高生達の前を、

 

「ミャーミャー!」と鳴きながら

 

クネクネ這いずり回る三十路を過ぎたその男の姿は、

 

誰から見ても変態以外の何者でもない。

 

 

しかし、こともあろうに女子高生達がそれを面白がってしまったため、

 

ゴマちゃん幼虫はますます勢いをつけてしまった。

 

 

 

ひときわ大きく身体をのけぞらせたその時である。

 

 

 

 

 

 

ゴンッ!

 

 

 

 

 

 

 

鈍い音がトイレに響いた。

 

 

 

 

後頭部を頑丈な鉄柱で強打した元教師の変態ゴマちゃん幼虫は、

 

それこそ本気でのた打ち回ることとなった。

 

 

 

 

 

今度は「ミャーミャー」ではなく、

 

 

 

 

 

ぐぉわーっ!

 

 

と悲痛な声で叫びながら…。

 

 

 

 

 

トイレ前で女子高生に軽蔑される涙目の男。

 

 

 

 

G間F士男。

 

 

元教師。

 

 

 

独身。

 

 

 

32歳の冬の出来事であった。