月明かりに照らされてセレニアの花が揺れる。
 仄かに輝きながら、風に時折その白い花びらを散らしながら。
 幾つもの小さな光が闇の夜空に昇っていく様は酷く幻想的で、美しい。
 咲き誇る花々を見下ろすように在る岩に腰を下ろし、ティアは瞼を伏せてすぅっと深く息を吸い込んだ。
「トゥエ レイ ズェ……」
 ―――― 静かな渓谷に流れ出るは、ユリアの残した譜歌。
 今となってはもう、彼女にしか歌うことのできない誓いの歌。
 七番目の意識集合体たるローレライとの、契約の。
 けれども今、ティアが想い謡うのはローレライではない。

 ―――― 万感の思いを込めて。
 ユリアでも、ローレライでも、世界でもなく。
 ただ、貴方だけを想う。

 あれから2年の月日が流れて、けれど想いは色褪せるどころかより一層、鮮やかさを増した。
 一緒に旅をしたのは僅か、一年足らず……けれどその一年は閃光のように強く眩く、鮮烈にティアの中に焼きついている。
 幾つもの出逢いを、別離れを、喪失を。
 積み重ねてティアの中に残ったのはこの想いだけだった。
(……貴方はあの時……どんな思いで、約束をしてくれたのかしら)
 半ば叶わぬことと知りながら、けれど奇跡を信じて。
 絶叫にも似た声を絞り出したティアに、彼は静かに頷いた。
『………うん、わかった。約束する。必ず帰るよ』
 穏やかに、けれど力強く。
『……ルーク…………き……』
 堪えきれず零れた音は、高くを吹く風に浚われて大気に溶けてしまった。
(………どうしてもっと、早く伝えなかったんだろう)
 同情だと思われたくなかった?
 優しい……信じられないほど優しくなった彼を、困らせたくなかった?
 そんなものは言い訳に過ぎない。
 ただ、想いを自覚するには幼すぎて、伝えるに拙すぎた。
「………ヴァ レイ ズェ トゥエ……」
 背後から幾つかの気配が近づいてくる……ひとつ、ふたつ、みっつ……全部で、四つ。
 だから、振り向かない。
 彼らが声をかけることをしないのと同じように、振り向かずに謡い続ける。
 公式な行事以外でこうやって六人……否、五人全員が集まるのは久し振りだった。
 ティアは今、ユリアシティを拠点に、預言スコアを失い形を変えたローレライ教団の建て直しに尽力する祖父テオドーロの手伝いをしている。
 高齢の祖父に代わって彼方此方に出向くことが多い為、教団の本部ダアトで働いているアニスとはよく顔を合わせるし、公務でダアトを訪れるナタリアやジェイドとも何度も顔を合わせている。
 グランコクマに居を構えているガイとジェイドもピオニー陛下を挟んでよく顔を合わせているようだ。
 だからそれぞれが顔を会わせるのはそれ程久し振りという訳ではないのだが、誰が口にした訳でもなく、全員が意図的に集まらないようにしていた節があった。
 ―――――― 集まってしまえば、嫌でもここにいない『彼』のことを思い出してしまうから。
 旅の最中と同じように声をかけかけて、口を噤む。
 そんなことが何度もあって、自然と出来た距離だった。
(貴方は何時の間にか、こんなにも深く………私達の、中に………)
 第一印象は決して良いとは言えなかった。
 むしろ最悪に部類してもいい。
 けれど、彼は、変わって。
 最後の戦いの時、私達を率いていたのは。
 私達の中心にいたのは、彼だった。
「………クロア リュオ ズェ トゥエ……」
 手に入らないものを求めて泣く子供のように、手の届かないどこかに居る『彼』を求め招くように、皓々と輝く月に向かって手を伸ばす。
 『彼』が帰って来ると信じているのは自分とガイだけかもしれないと漠然と思う。
(それとも信じたいだけ、なのかしら……)
 …………自分でももう、よくわからなくなってしまっている。
 ガイはきっと、『彼』が帰ってくると信じている。
 ジェイドは帰って来ないと思いながら、同時に帰ってきて欲しいと思っている。
 アニスはまるで子供の特権であるかのように、帰ってくるか来ないかを考えるのではなく、ただ、帰ってきて欲しいと願っている。
 ナタリアは結果がどちらであろうとも少なくとも今ここに居ない彼の為に、自分が為さねば為らぬことを見つめている。
 …………そしてティアは、ただ、待っている。
( ―――――― 約束、したから……)
「……レイ ヴァ ネゥ クロア トゥエ レイ レイ ――――――」
 七つの旋律を紡ぎ終わり、声は途切れる。
 譜歌に惹かれたものか、辺りにはまだ濃い音素が漂っているようだった。
「……よろしかったの? 公爵家で行われるルークの成人の儀に、あなたも呼ばれていたのでしょう?」
 沈黙の後、最初に口を開いたのはナタリアだった。
 二年前とは違う、略式ではあるが清楚なドレスを身に纏い、幾分大人びて見える。
「…………ルークのお墓の前で行われる儀式に、興味はないもの」
 そう言ってティアは長く伸ばした前髪に隠れた瞳を細め、足元に視線を落とした。
「2人ともそう思ったからここに来たんでしょ?」
 成長期はどこへやら、相変わらずのピンクの教団服姿で僅かに首を傾げたアニスの仕草にトレードマークのツインテールが揺れる。
「あいつは戻ってくるって言ったんだ。墓前に語りかけるなんてお断りってことさ」
 ガイはどこか憤慨した調子でそう言って、渓谷を臨む岸壁に墜ちたホドを照らす白い月へと視線を向けた。
「………………」
 釣られる様に全員が空を見上げて、それきり口を閉ざして。
 闇に包まれ、消え入りそうなあえかな光を舞い躍らせる渓谷に静寂が落ちる。
「…………そろそろ帰りましょう。夜の渓谷は危険です」
 その静寂を破ったのはそれまで一度も口を開かなかったジェイドだった。
 僅かに頷くような素振りを見せて、ティアは岩から滑り降りた。
 それをみやり、ジェイドが、ナタリアが月へ背中を向けて渓谷の入り口に向かって歩き出す。
「………………」
 同じように届かない月へと背を向けかけて、けれどティアは何かを感じて動きを止めた。
 視界の端を掠めたのは、風に揺れる緑ではない。
 吸い寄せられるように振り返ったティアの瞳に映ったのは、風に揺れる焔の色。
「…………っ……」
 眼を見開いたティアの薄く紅を刷かれた唇から、小さく息を呑む音が漏れた。
 さく、さくと一定のリズムを刻みながら、『彼』が近づいてくる。
 ティアの異変に気づいたジェイドが振り向き、それに気づいたナタリアも、ガイも、アニスも同様にして……動けなくなる。
 ティアは前のめりになって、覚束無い足取りで前へと進み出た。
 数メートルの距離を残して彼は足を止め、ティアもまた足を止めてしまう。
 …………怖くて、それ以上足が動かなかった。
「……どうして、ここに?」
 自分の声が、酷く震えて聞こえた。
「ここからなら、ホドを見渡せる。それに……」
 返った声は、記憶にあるものより幾分低く落ち着いて聞こえる。
 懐かしそうに辺りを見回した彼の口元が、ほんの僅かに緩んだように見えた。
「……約束してたからな」
 唇が、喉が震える。
 熱い何かが胸の奥から競りあがってきて、喉を詰まらせた。
 言葉が出てこなくて、結局何も言えないまま。

 ―――――― ティアは真っ直ぐに、彼に向かって歩き出した。

NEXT


 EDを繰り返し見ながら私なりに書いてみました。ED後をやるなら一応通っておかなければと思いつつ、まだ固まっていない感があっていろいろと迷いつつではあるのですが。
 最初にED見た時の感想なのですが、個人的には全員が示し合わせた訳ではなく自然に集まったんじゃないかなと言う感じに見えました(一部は示し合わせてそうな気もしますが)。
 仲がいいのも好きですが、こう言う空気も好きです。

帰ってきた『彼』に関して。以下反転。
 えーと、まず始めに結○聖版の全6巻を読んだ私にはルークにしか見えませんでした。
 尺の問題かコンタミネーションの描写はごそっと削られてるし、ティアが涙を零しながら駆け寄ってるしで、むしろアレがルークじゃないかもと言う話を聞いて「え、どっからそんな話が?」と思うぐらいには……(笑)。
 そんでもって次に手を出したのは矢島○ら版の小説三部作……こちらはモノローグの内容的に融合してるっぽい印象でした。
 アニメの最終回の頃には諸々を知っていたので色々考えてしまい過ぎて正直よくわからない……とりあえず剣は左利き仕様でしたし、台詞上『約束』をしたルークの意識がないとおかしいとは思うのですが。
 最後にやったのがゲーム版……何も考えずに進めるとやっぱりルークな気がします。
 大爆発前にアッシュが亡くなっているので、むしろ残ってたアッシュの身体+ルークの意識なのかなぁという感じでした。
 と言うか主人公犠牲にして世界を救うってどんだけ後味が悪いんだ、そんなのペル○ナ3だけで十分だ(爆)!!
 痛暗い切ない話は好きですが救いようの無い話は好きになれないので、私は『彼』はルークだと信じてるのだと思います(笑)。

 ちなみにゲーム発売当初に嵌ってた私より遥かにテイルズに詳しい友人曰く、
「最初は帰ってきたのはアッシュで、ルークは音譜帯に居てそれを取り戻す為の旅をする予定だったけど、そんな容量ねーよって話になって、結局帰ってきたのはどちらとも取れる仕様にした、とナ○コの人が言ってた」
とのことでした。
 ってことは当初の予定はともかくとしてとりあえず好きな方でいいってことですよね?


Trifolium repens = シロツメクサの花言葉 「 約束 」
2009.05.28

戻ル。