城の中を虱潰しに探して監禁されていた整備士を掬い出し、彼を伴い広間に戻る。
 前回は城の中に居たはずだが、ディストとシンクは現れなかった。
 ルークの拉致に失敗したので、アリエッタが拘束されたのを見て撤退したのだろうか。
 その後、以前と同様にヴァンがルーク達を迎えに来て、アリエッタを引き取って行った。
 査問会にかけると言っていたが、実際は取り調べさえ行われずに放免になるのだろう。
 そう考えると思うところが無いでもないが、今は何も知らぬふりをしておく他ない。
 アルマンダイン伯にバチカルへの伝言を頼んで ――――― 死霊使いの悪名高さは嫌と言うほど知っていたので、導師イオンとマルクトの使者を連れて行くとだけ伝えたのだが、生憎戦場でジェイドの姿を眼にしたことのある兵が居て前回と同じような流れになってしまった ――――― 当初の予定通りカイツール軍港から連絡船で中立都市ケセドニアへと向かう。
 カイツールから船で直接バチカルに向かおうとするとラーデシア大陸側まで回り込まなくてはならなくなるので、ケセドニアで反対側の港から出る船に乗り換えるのだ。
 前回はガイが拾った音譜盤の解析の為、商業都市でもあるケセドニアの大商人、アスターを頼ったが今回はその必要はない。
(……とは言え、今後のことを考えると挨拶ぐらいはしておきたいんだよな……)
 キムラスカとマルクト、どちらにも属さないあの街と実質その纏め役であるアスターには今後幾度となく世話になることになる。
(ジェイドはアスターさんのことを知ってたんだっけかな……)
 特異な風貌と喋り方の商人のことを思い出しながら、ルークは今後のことを相談すべくマルクトの軍人に宛がわれた部屋の扉を叩いた。


「…………」
 甲板に出たティアは、どこまでも広がる凪いだ蒼い海を眺めながらコーラル城での一連の出来事を思い返していた。
 ルークに ――――― ルークとジェイドに何か隠し事があるのは間違いない。
 何を隠しているのだろう。
 ルークはキムラスカの王族で、ジェイドはマルクトの将校だ。
 ティアのような一般兵には話せないこともあるのだろう。
 それは分かっている、わかっているが気になってしまう。
(どうしてそんな風に思うのかしら……)
 ティア自身の都合にルークを巻き込んでしまった。
 それを申し訳なく思って、ルークをバチカルに送り届けようと思った。
 それだけの関係のはずだ。
(……ルークを無事送り届けたら、私はどうするのかしら)
 刺し違えてでも、兄を止めようと思っていた。
 だから公爵家に乗り込むなどと言う暴挙に出たのだ。
 バチカルに戻ればティアは罪に問われるかもしれない。それは覚悟している。
 だが、それなら今、バチカルに戻る前にケリをつけるべきではないだろうか。
(でも……)
 今の兄は昔の、優しかった頃の兄に見える。
 全てはティアの思い違いだったのだろうか。
(……でも……兄さんはあの時、確かに……)
「……ティア」
「っ……兄さん……」
 不意にかけられた声に、肩を跳ね上げる。
 振り向くとそこにはたった今脳裏に思い浮かべていた人物の姿があった。
 気負うでもなく極々自然な足取りで歩み寄ってきた男は、甲板に佇むティアの隣に並び、彼女と同じように青い海へと視線を向ける。
「……兄さんは何を企んでいるの?」
「企むとは人聞きの悪い……私は常により良い未来を求めているに過ぎない」
「……より良い未来……」
 あまりにも漠然とした答えだった。
 それは何を意味するのだろう。
 兄はいつもティアよりもずっと広い世界に居た。
 たくさんの、大きなことを考えていた。
 きっと、何か深い考えがあるのだろう。
 けれど ――――― 。
「……本当に?」
「私の言うことが信じられないか?」
「………」
 口元に、酷く魅惑的な笑みが浮かぶ。
 信じてしまいたい、そんな風に思わせる笑みだ。
(でも……信じてしまうのは危険な気がする……)
 他の人間なら、疑うことなく頷いていただろう。
 でもティアは、ヴァンの妹だったから。
「ところでルークはまた大佐殿と一緒か? 自室には居なかったようだが……」
「……えぇ、多分そうだと思うわ」
「ふむ。あれは人見知りの激しい子だったのだが、随分と懐いているようだな」
「封印術を解いてもらっているのだそうよ。集中できないからって追い出されたってガイとアニスがぼやいていたわ」
「封印術? 何の話だ?」
「えっ? ぁ……その、タルタロスで六神将に襲われた時、ラルゴが封印術を使おうとして……」
 不意に強い口調で詰め寄られ。戸惑いながらもタルタロスでの出来事を告げれば兄は成程と頷いて思案するように口元に片方の手を当てた。
「そうか、封印術か……。様子がおかしいとは思っていたが、それでは身体の方も随分辛かったろうな」
「………」
 今、兄が浮かべているのは弟子を案じる師の顔だ。
 けれど、一瞬、それだけではない冷徹な色が滲みはしなかったか。
 酷く無機質で、冷たい色が。
「私はルークの様子を見てくるとしよう。お前も来るか?」
「………いいえ。私はもう少しここにいるわ」
 何が正しくて、何が間違っているのか。
 わからないまま、ティアは緩く頭を振る。
 今はただ、一人で考える時間が欲しかった。
「……そうか。冷える前に船室に戻りなさい」
 ぽんとティアの肩を叩いた大きな掌も、穏やかな声音も、優しかった頃の兄そのままで。
 船室の方へと消えていく背中を見送りながら、ティアは小さく溜息にも似た息を吐いた。



「ルーク。封印術の件、ティアに聞いたぞ。調子はどうなのだ?」
「っ……師匠!」
 ジェイドの部屋を出た途端、師匠に話し掛けられてルークは思わず小さく息を飲んだ。
 中での会話を聞かれていたはずはないが ――――― 余程大きな声を出さない限り、外に声が漏れないのは確認済みだ ――――― それにしたって心臓に悪い。
「えっと……その、もう殆ど大丈夫です。ジェイドが少しづつ解いて行ってくれているので」
「そうか、私にも相談してくれればよかったものを……」
「……すみません。心配をかけたくなくて」
「そうか。だが何かあれば遠慮なく話して欲しい。私はお前の身が心配なのだ」
 両肩を掴み、真直ぐに覗き込まれてルークは視線を落とす。
「……ありがとう、ございます」
「身体の調子は? 違和感はないのか?」
「……はい。まだ少し身体の重さはありますけど、俺は元々譜術は使えませんし……」
 心配されている、と一度目の自分なら舞い上がったことだろう。
 ――――― でも今は知っている。
 師匠はルークの身を案じているのではない。
 自分の道具に不具合が無いかを確認しているだけなのだ。
(……俺が超振動を使えなかったら、アクゼリュスは落とせない)
「そうか。ならいい」
 そう言って破顔する様は酷く優し気で、心からルークの身を案じているようで。真実を知っていて尚、揺れてしまいそうになる。
 それが若くして神託の盾騎士団の総長に伸し上がったこの男の力の一つなのだろう。
 ユリアシティの市長の孫と言う肩書と、類稀なる実力があったとてそう簡単に得られる地位ではない。
 揺れる感情を押し殺しながら、ルークは笑みに似た形に口の端を引き上げてみせた。



 ケセドニアでは適当に口実を付けてアスターに挨拶に行ったのだが、奪い返すべきディスクの存在がなかったからか、シンクは現れなかった。
 ついでに漆黒の翼とも会ったが、財布を狙われると知っていたので身構えていたのに気付かれてしまったのか ――――― 無論、大人しく掏られるつもりだったのだが ――――― 彼女はルークをちらりと一瞥しただけで去って行った。
 船上でのディストの襲撃も、ローレライからの接触もなく旅は平穏に進んだ。
(……襲撃はともかく、ローレライの方は期待してたんだけどな……)
 ローレライは音と記憶を司る第七音素の意識集合体だ。
 ルークの持つこの記憶について何か知っているかも知れない。
 屋敷に居た頃、何度も接触があったが頭が割れそうに痛むばかりで碌に会話にならなかった。
 一度目の時は船の上で身体の主導権を奪われ、初めて超振動を放ったので、遮るもののない海の上、と言うのがポイントだと思っていたのだが。
 とは言え船上では最初の数時間を除けば殆どずっとヴァン師匠と一緒だったので、敢えて接触してこなかった可能性もある。
 一度はその身に封じ込められたのだ。
 何か知っていれば尚のこと、ローレライは師匠を警戒しているはずだから。
(どっちにしろ、ローレライとの接触は地殻までお預けか……)
 聳え立つバチカルの街並みを、あの時とは違う気持ちで見上げる。
 あの時は、懐かしいとは思わなかった。
 けれど今は、感慨深くさえある。
 ――――― ライガの卵は割れてしまった。
 だがライガの女王は死なせずに済んだし、神託の盾騎士団の襲撃を受けて全滅するはずのタルタロスの乗員も逃がすことも出来た。
 ジェイドと言う鍵になり得る協力者を得ることも出来た。
 最良とは言えないが、出来る限りのことはしてきたつもりだ。
「………」
「気負っても何も良いことはないと思いますけどねえ」
 睨むよう見上げていたのに気付いたのだろう、揶揄るような声がかかる。
「……わかってる」
 隣に立つ男にだけ聞こえるだろう小声で、ルークは伏魔殿への一歩を踏み出した。

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 ホントに年一更新みたいですね……次はもうちょっと早いはず……。
2020.09.16

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