ふざけて騒ぎながらもシチューとチキン、サラダを平らげて。 お腹がくちくなったところで登場したのは二人で食べるには少し大きい、小さめのホールケーキだった。 大振りの苺とクッキーか何かで作られたらしい木の家を真っ白な生クリームと雪に見立てた粉砂糖が彩って、マジパンで作られた小さなサンタが笑ってて、いかにもクリスマスと言った風体だ。 「……Merry Christmas、カズ君」 綺麗に整った目元を緩め、穏やかで優しい笑みを浮かべた男が僅かに身を屈めて葛馬の目元に口付ける。 「………メリー・クリスマス、スピット・ファイア」 それを擽ったく感じながらも、葛馬は上体を伸ばして男の頬に触れるだけのキスを返した。 まだ自分から手を伸ばしたりキスしたりするのは苦手だけど、でもこうやって時々は手を伸ばせるようになったのは自分でも大きな進歩だと思う。 (まだ全然、負けてっけど……) 片手で顎を引き上げられ、もう片方の手で頬を包み込まれて、顔中落ちるキスに目を細めながら葛馬はちらりと男が席を外した隙に足元に引き寄せてあった自身のバッグに視線を向けた。 シンプルなスポーツタイプのそれには今日のイベントには不可欠のものが入っている。 クリスマスらしい、けれどシックな紅い包装紙に包まれて、深緑色のリボンをかけられたプレゼントだ。 「んっ……」 何分初めてのことだから何時取り出せばいいかわからなくて、迷っているうちにだんだんキスが深くなってきて、葛馬は慌てて男の胸を押し返した。 このままではタイミングを逸してしまいそうだったからだ。 ……と言うか、まだケーキも食べていないのにキスで溶けるには早すぎる。 「………カズ君?」 ほんのり熱を持って赤くなった耳朶の感触を楽しむように動く指先がやけにエロくさくて、ぶるっと小さく身体を震わせた葛馬は頭を振ってその指から逃れた。 「……ケ、ケ、ケーキ食うんだろっ! 早く食わねえとあったまんぞ!!」 「………カズ君の顔はもう温まってるね」 「うるせぇッ!」 くすくすと笑う男の手を払って、僅かに後退って距離を取る。 足にバックがぶつかって、がさりと小さな音を立てた。 (わー、わー、わー……バレるバレる!) 明らかにバックの、布の音とは違うそれに心臓が跳ねる。 プレゼントは思っていた以上のものが買えて自分的にはかなり満足だったけれど、でもスピット・ファイアは喜んでくれるだろうか。 そう考えたら急にドキドキしてきた。 「…………カズ君?」 不思議そうな男の声がやけに遠くに聞こえた。 ―――― 亜紀人に相談に乗ってもらっても結局プレゼントは決まらなくて。 どんどん近づいてくるクリスマスにどうしたものかと悩みながら、居間でファッション雑誌に目を通していた葛馬に声をかけてきたのは他でもない雑誌の持ち主である姉だった。 『……カズ君がそう言う雑誌見るの、珍しいわね』 『えっ、あ……いや、その……俺のじゃないんだけど……』 きょとんとした表情で首を傾げる姉に、葛馬は気まずそうに俯いて頭を掻いた。 『誰かへのプレゼント? ……カズ君の友達には少し大人っぽ過ぎるんじゃないかしら?』 確かに、大学生の姉の購入している雑誌に載っているのはデザインも値段も中学生に似合いそうな代物ではない。 だからこそ逆に、彼に似合いそうなものがあるのではないかと思って手に取ってしまったのだ。 無論樹達へのプレゼントなら値段だって中身だって、もっと気軽なものを選ぶ。 『あー……年上のさ、ヤツに。プレゼント考えてて……』 仕方なくボソボソと告げて誤魔化すように傍らのカップを傾けた葛馬に、姉はふわりと柔らかく首を傾げて目を瞬いた。 『……ひょっとして、スピット・ファイアさん?』 『ッ! な、な、何でそれっ!!』 姉の口から出るはずのない単語に、思わず飲みかけのココアを噴出しかけて葛馬は口元を押さえた。 『だってカズ君、お世話になってるって話してたでしょ?』 『し、したけどっ!』 『……?』 よくよく考えたら姉はスピット・ファイアの美容室で髪を切っていた。 スピット・ファイアは何度も葛馬を家に送ってくれたことがあるし、眠ってしまった葛馬の代わりに自宅に連絡してくれたこともある。 葛馬が彼の家に良く遊びに行っていることも、しょっちゅうメールや電話をしていることも知っているから、年上の友人……本当は違う、のだが……と聞いてその名前が出ても不思議ではない。 ―――― のだが、実際その名前が飛び出ると寿命が縮む。 (………び、びびった……) 心臓がばくばく激しく音を立てるのを感じながら、どうにか笑みを浮かべてカップを置いた葛馬は雑誌を机に置いて振り返った。 『……う、うん、そう。ホラ、俺いっつもあいつに面倒かけてっし、折角だから何かプレゼントしようかなと思ったんだけど、あんま予算なくてさ。でもアイツ、安いっぽいもん似合わなそうだろ?』 『………確かに』 男のすらりとした長身と甘いマスクを思い出しているのか、僅かに顎を上げて思案するように視線を彷徨わせる姉に葛馬は僅かに唇を尖らせた。 スピット・ファイアはもてる、けれど姉がそんな顔をするのは面白くない。 『……仕方ないわね。カズ君がいつもお世話になってるし、私も一肌脱ぎましょう』 だが姉は葛馬の表情を違う意味に取ったらしく、そう言って柔らかな笑みを浮かべた。 (一瞬ビビったけど、結局ラッキーだったよな……) 翌休日姉が連れて行ってくれたのは行きつけのセレクトショップ。 値段の割りに品がいいことも勿論嬉しかったのだが、更に姉の友達だと言う店員がこっそり社割扱いにしてくれたのだ。 そうして購入したのは、手触りのいい真っ白な色のマフラーだった。 『え゛ー、超無難!』 亜紀人の不満そうな顔が脳裏に浮かんだが、なかったことにする。 (無難と笑うなら笑え……!) ………葛馬は自他共に認めるチキンだった。 その上真面目で堅実なA型で、尚且つ初めての恋人と過ごす初めてのクリスマスとくれば、喜んでくれるかくれないかわからない冒険的なプレゼント等選べるはずもない。 結局無難で、でも質のいいものに落ち着いてしまったのは当然のことなのかもしれなかった。 「……カーズー君」 「ッ!!」 ぼんやりしてしまっていたらしく、甘えるような声で名前を呼ばれて葛馬は慌てて顔を跳ね上げた。 「どうしたの? 眠くなっちゃった?」 覗き込んでくる男の、炎を思わせる朱色の瞳が優しそうに緩むのがすごく綺麗で、ドキドキする。 彼の言葉に咄嗟に時計を確認するともう12時が近くて。 (……このままじゃクリスマスイブが終わっちまう!) そう思って覚悟を決めて、葛馬は急いで鞄に手を突っ込んだ。 「……っその、ッ、あの、コレ、俺からのクリスマスプレゼント!!」 緊張に上擦る声で一気に捲くし立てて、手にした包みを男に突きつける。 「え……」 微かに息を呑む音がして、葛馬はぎゅっと目を瞑って息を詰めた。 (うわーうわーうわー、超キンチョーするっ!!) 身体中心臓になったみたいに、ドキドキが止まらない。 「……ありがとう。凄く、嬉しい」 次の瞬間、耳に心地いい声と共にふんわり緩く抱き締められて。 その温かさと柔らかさに、ガチガチに固まっていた身体が緩むのがわかった。 「………っ……そ、そう言うのは、開けてから言えよな!」 男の背中を抱き返しながらも思わず漏れでた憎まれ口に、耳元で笑う声がする。 「……開けていい?」 くるんと抱き込まれて、恥ずかしくて男の顔が見られないままその腕の中でコクコクと何度も頷いた。 (うわ……) 葛馬を抱き込んだまま、器用に包装を解き始めたスピット・ファイアは中から現れたものに目を見開いた。 雪のように白い、シンプルなデザインの、けれど上質な手触りのマフラー……中学生の小遣いで買うには幾らか不相応な代物だ。 「……無理したんじゃない?」 葛馬はまだ中学生で、だからあまり無理はして欲しくない。 「別に……トクベツに安くして、もらえたし……」 そんな思いで思わず漏れてしまった言葉だったが、拗ねたように呟く声が聞こえてスピット・ファイアはぎゅっと強く彼の身体を引き寄せた。 「………ごめん。凄く嬉しい。ありがとう」 第一声があれと言うのは無粋だったかもしれない。 謝罪の意味を込めて、上げさせた額にキスを送ってスピット・ファイアは名残惜しく思いながらも互いの身体を離した。 「……僕からもプレゼントがあるんだ。貰ってくれる?」 「………あんま、高いモンじゃねーだろうな?」 自分は無理をした癖に、そんなことを言って上目遣いに睨みつけてくる葛馬に苦笑を浮かべ、スピット・ファイアはテーブルの下の小物入れに隠してあった小さな包みを取り出した。 真っ赤な包みにクリスマス柄のリボンをかけた、いかにもクリスマスプレゼントな包みだ。 「僕の可愛いサンタさんに」 「……誰がサンタだ」 照れ隠しなのか目元を赤く染めながらもぶっきらぼうな口調でそう言って、葛馬は乱暴にそれを受け取った。 「………開けんぞ?」 本当は嬉しくて仕方がないのに、こんな言い方しか出来ない自分に自己嫌悪、だ。 「どうぞ?」 (……んっとにコイツ、なんで俺なんかに……) 最近では少しづつこの関係にも慣れて、あまり考えることがなくなった。 でも折に触れて考えてしまうことだ。 「ぁ……」 綺麗にラッピングされた包みの中から現れたのは、チームジャケットや何時も着ているコートにも、学生服にも似合いそうなシンプルなデザインの手袋だった。 柔らかくて、でもしっかりとした作りでいかにも温かそうだ。 この間ATですっ転んでたまたましていた普通の手袋に大穴を開けてしまった話をしたのを覚えていてくれたのかもしれない。 「……貰ってくれる?」 「………サンキュ」 容姿も、性格も、力も、この人は何でも持ってるのに。 何の取り得も、特徴もないガキのどこがよかったのだろうと、考えずには居られない。 ―――― けれど。 「………?」 持ち上げた手袋の中に何か硬いものを見つけて葛馬は目を眇めた。 (あれ、中になんか……) 何気なく持ち上げるとぽとりと小さくて硬いものが掌に落ちた。 どこかで見たことがあるような……銀色の、鍵。 「!?」 「……ぁ、気付いちゃった」 二の句が告げずに固まっている葛馬に、男は悪びれるでもなく、どこか悪戯っぽく笑った。 「ちょ、オマエ、コレっ!!」 「家に帰ってから気付いてくれると良かったんだけどなぁ……言っておくけど、返品は受け付けないよ? さっき貰ってくれるって言ったからね?」 「っ、で、でもっ!」 こんなの、貰ってしまっていいんだろうか。 「………貰ってくれる?」 改めて、と言うように。 一転して真剣な、身体の芯までじんわり響くような甘い声で囁かれて、前髪を掻き上げてこめかみに口付けられて、葛馬はぎゅっとそれを握り締めた。 「………っ……」 ぎゅっと握り締めた瞬間には酷く冷たかったそれが、体温を吸ってだんだん掌に馴染んでくる。 深く息を吸い込んで、葛馬は手を伸ばして男の背中に腕を回した。 「……サンキュ。スッゲー、嬉し。大事に、する……」 「………カズ君」 名前を呼ぶ声が優しい。 このまま溶けてしまえばいいのにと思いながら、葛馬はゆっくり瞼を閉じた。 ― BACK/END ―
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大部すぎてしまいましたが。 めりくりです。足りなかった糖分補給……一年目のクリスマス。 指輪にしようかどうしようか迷いました(笑)。 |