中学生のクリスマス、とくれば友達とささやかなパーティと言うのはお約束ではないだろうか。 子烏丸と其のサポーター、ついでに何故か暇だったのか乱入してきたシムカや富田教師も加えて、葛馬達はクリスマスパーティの真っ最中だった。 場所は広いからと言う理由だけでブッチャの実家の寺の本堂……親父さんが渋い顔をしていたが、宗教は関係なく仲間内でのパーティなら仕方がないと一応許可してくれたらしい。 折り畳みのテーブルにはそれぞれが家から持ち込んだお菓子やケーキ、フライドチキンといったクリスマスにはつきもののご馳走が並び、それだけでは足りないとばかりに女子達が作った鳥のから揚げやらサラダが追加され……オニギリが持ってきた満珍楼メニューが混ざっているのはご愛嬌、だ……誰かが持ち込んだツリーが色とりどりの電飾に煌いている。 「ねぇイッキくぅーん、そろそろ二人きりでどっかいこうよ〜」 「黙れ小鮫!」 「そぉーよぉ、カラス君はあ・た・し・と……」 「ちょ、何やってるんですか!!」 ミニスカサンタの衣装を着た亜紀人が樹の腕にしがみついて甘えた声を上げればそれに対抗するかのようにやっぱりサンタガールなシムカが……こっちは胸元が大きく開いたジャケットにカナリ際どい長さのタイトなミニスカートの組み合わせで、ついつい目が行ってしまう……反対の腕に腕を絡めて、其の胸元に腕を押し付けたりなんかするもんだから林檎が顔を真っ赤にしてそれを引き剥がそうと足掻いてる。 「若いっていいわね〜。青春よね」 「つかなんでトンちゃんがここに居るわけ?」 ブッチャとオニギリはひたすらに食いまくってて、トンちゃんは相変わらず素っ頓狂なこと言ってて……何時もと同じ光景なのに少し、落ち着かない。 少しづつご馳走が減って散れて行く机を見やりながら、葛馬は何度も携帯を取り出して時間を確認していた。 数字が大きくなるに連れて、どんどん落ち着かなくなってくる。 (……あと30分……そろそろ不味い、んだよな……) 「カズ様ー、どうしたんですか?」 「……えっ? あ……いや、別に……」 「時間、気にしてたみたいですけど……」 エミリに声をかけられて、葛馬は慌てて頭を振った。 「や、そろそろいい時間だなーと思ってさ。お前は帰んなくていいの?」 差し出されたシャンメリーの入った紙コップを受け取って、口元に誤魔化すように笑みを浮かべる。 「折角だからもうちょっと居たいかなーなんて。家族でクリスマスは毎年やってますし!」 「………そっか、うん……そーなんだけど……」 エミリがここに残る本当の理由を知らない葛馬は、彼女の言葉に曖昧に頷いて視線を逸らした。 確かに、こうやって皆で騒ぐのは楽しい。 けれど今日はこの後大事な大事な約束があって、楽しければ楽しいほど抜け出しづらくて、困る。 (……家族が居るヤツも居るし、遅くまではやんねーハズ、なんだけど……) 去年も姉が一人で待っているからと折を見て抜け出したから大丈夫のはずだ。 でも妙に落ち着かないのは、この後約束している相手が家族なんかじゃないからで……。 「………カズ様?」 「え、あ、何でもねーよ、ちょっと騒ぎすぎて疲れたかな」 不思議そうに見上げてくるエミリに応えてぼりぼりとニット帽を被ったままの頭を掻く。 今年は去年以上の人数だし、盛り上がりだし、隣にエミリも居るしで非常に抜け出しにくい。 どうしたものか、と内心思案を巡らす葛馬の耳に、予期せぬ声が落ちてきた。 「……さ・て・と。クリスマスは家族と過ごす人もいるだろうし、女の子達もあんまり遅くなっちゃイケナイだろーし、一次会はこのぐらいにしてそろそろ二次会に行きましょうか?」 (え……) 樹の腕から引き剥がされたシムカが、大袈裟に埃を払う仕草と共に立ち上がり、辺りを睥睨したのだ。 「ここからは参加できる人だけってことでー、もちろん私とカラス君二人でもオッケーよ?」 「ちょ、何言ってんのよ!」 林檎が抗議の声を上げて、亜紀人が剥がされまいと樹の腕にしがみつく腕に力をこめて……。 (ぁ……) ちらりとこちらを見たシムカが、軽く片目を瞑ったのに気付いて葛馬は僅かに目元を染めた。 つまりはそういうこと、だ。 「……ンじゃ俺、そろそろ帰るわ。ねーちゃん待ってっし」 好意を……おそらく葛馬への、ではなくスピット・ファイアへの……無駄にしてはならぬ、とばかりに葛馬は彼女の台詞に乗っかって大きく声を上げた。 「中学生にもなって姉ちゃんとクリスマスかよ! このシスコンチワワが!」 「ウルセェ、海外じゃ家族と過ごすのが当たり前なんだっつーの!」 揶揄の声に思い切り舌を出して、それからシムカに向かってわかるかわからないかぐらいに小さく頭を下げ、葛馬は急いで本堂を飛び出した。 「ちょ、カズ様! 帰るんなら私も一緒にっ……」 後ろからエミリの声が追いかけてきたけど、足を止めるわけには行かなくて。 (悪ぃ、安達。今度埋め合わせすっから……) 心の中で小さく謝罪の言葉を浮かべつつ、葛馬はATを駆って暗い夜道を走り始めた。 最後の客を見送り、今日はクリスマスだからと簡単な片づけを済ませて早々にスタッフ解散させて時間を確認すると、時計の針は定時を大きく回っていた。 (まぁ一時間ぐらいは覚悟してたからいいんだけど、ね……) 葛馬は今日は夕方から樹達とチームでクリスマスパーティの予定だ。 夜は家族で過ごす者も多いからとあまり遅くない時間に解散するのが通年らしく、スピット・ファイアの仕事が終わる時間に合わせてマンションに来る予定になっている。 去年までは姉と過ごしていたらしいが、今年は一緒に過ごしたいと言ってくれたのだ。 『………もし、出来ればでいいんだけどさ。ねーちゃんは、俺が用事あるなら、サークルのダチと過ごすって言ってるし……アンタ、仕事忙しいだろうから難しいかもしんねーけど、その……』 そういって口篭って、真っ赤な顔でもぞもぞとニット帽を弄っていた少年の姿を思い出す。 葛馬はきっと樹達と、或いは家族で過ごすのだろうと思っていたから其の言葉が嬉しくて、愛しくて、思わず抱きしめた彼にキスをして、約束を取り交わした。 今日はクリスマスイブだったからいつも以上に忙しくて、疲れていないと言ったら嘘になるが、スピット・ファイアにとってのクリスマスはこれからが本番だ。 今までに幾人もの恋人とクリスマスを過ごしたことがあるが、クリスマスを楽しむ為のそれとは訳が違う。 ささやかで、けれど今まで一番幸せなクリスマスになるだろうと言う確信があった。 (シャンパンは冷やしてあるし、帰ったら簡単にサラダを作って……) ビーフシチューは昨日のうちに作って一晩寝かせてあるし、バゲットは買いに行く暇がなかったのだが、忙しくて昼休みを取ることもできなかったスタッフの為に近くのベーカリーに買い出しに行ったアシスタントに頼んでついでに買ってきてもらった。 冷凍のものだがローストチキンも用意してあるし、ケーキは葛馬がお気に入りのお店で予約済みで帰りに取りに寄る手はずになっている……本来の営業時間はそろそろ終わる頃だが、片付けに時間がかかるから閉店後一時間ぐらいまでなら、と言ってくれたので助かった。 「……さて、と……?」 店内の確認を終え、灯りを落とそうと手を伸ばしたところで、カツンとガラスに何かがぶつかる小さな音が聞こえてスピット・ファイアは僅かに目を見開いて窓の方を見やった。 もう暗い窓の向こうに見える小さな影。 「………カズ君!」 慌てて駆け寄った窓の外には、黒いジャケットと夜目にも鮮やかな白いニット帽の少年が居た。 この寒い中ATで走ってきたのだろう、鼻先が真っ赤に染まっている。 「……へへ、まだいるかなーと思って、着ちゃった」 急いで店を飛び出したスピット・ファイアの前で、葛馬はそう言って照れ臭そうに笑った。 ケーキを受け取り、スピット・ファイアのマンションに辿り着いた時には既に10時近かった。 「ひゃー、あったけェー、生き返るっ」 自動調整の空調から流れ出る暖かな空気に冷えた体が弛緩するのを感じながら、葛馬はばふっとソファに身体を投げ出して高い声を上げた。 どこか無邪気な、幼さを感じさせる其の仕草に思わず苦笑が漏れてしまいそうになるのを隠しながら、スピット・ファイアはジャケットを脱ぐ。 「ほらほら、カズ君。上着、皺になっちゃうよ? お腹はまだ大丈夫?」 「もう腹ペコ! チームのパーティでちょっと食ってきたけど、それからケッコー時間たってっし」 子烏丸のチームで食事は基本的に 大食漢のブッチャ、ブッチャほど出はないが太目のオニギリ、家庭環境の都合で欠食児童気味の樹が揃えばテーブルの上はあっという間に戦場になる。 亜紀人と葛馬が出遅れることが多く、けれど亜紀人は欲しいものは容赦なく主張するからデザート類は絶対確保する。 そうして結局、葛馬一人が取り残されると言うのがパターンだ。 最近はエミリが何かと気遣ってくれるから少しはマシなような、けれど彼女の手料理はイロイロとぶっとんでて問題があるような。 (気持ちはありがたいんだけど……) にんにくが丸ごと入ったシチューだの、カレーだの。 スタミナ=にんにくと言う発想は間違っては居ないのかもしれないが、余程にんにくが好きな人間ならともかく普通の人間にはちょっとばかり重い気がする。 そう言えば今日は鳥のから揚げに使った残りなのか、にんにくの素揚げもごろごろしていた。 樹もブッチャも、無論平気でぺろりと平らげていたのだが。 (よっぽど好きなんだろうなあ……ニンニク) 見当違いのことを考えながら、葛馬はジャケットを脱ぐとそれを手渡されたハンガーにかけた。 「それじゃあ急いで用意しようね。手伝ってくれる?」 「うんっ」 珍しく少しはしゃいだ様子で駆け寄ってくる葛馬の頭をくしゃりと撫でて、スピット・ファイアはその額に触れるだけのキスを落とす。 「……ッ、っとにもうっ、アンタは恥ずかしーなっ!!」 葛馬は赤くなった頬を押さえて、慌ててキッチンへと逃げ込んでいった。 ………恋する乙女の笑顔は其の脳裏に欠片も残っては居なかったのが哀れである。 スピット・ファイアがサラダを作っている間に葛馬がバゲットを焼いて、シチューとチキンを温めて。 それから半時も経たぬうちにテーブルの上は一気にクリスマスモードになった。 ご丁寧にも広いリビングには小さなツリーが飾られていて、彼が葛馬を喜ばせる為にそれを一人で飾っているところを想像すると擽ったいやら恥ずかしいやら、だ。 細くて繊細なシャンパングラスにとぽとぽと音を立てて綺麗な薄い黄金色の液体が注がれて、漂う食欲を誘う香りにぐうぅ、と我慢の限界に達した葛馬のお腹の虫が騒ぎ出す。 「カズ君、目、閉じてくれる?」 「え?」 けれど唐突にそんなことを言われて、葛馬は青い瞳を大きく見開いて男を見返した。 「いいからいいから」 「……?」 早く食べたいのに、そう思いながらも訝しげに思いながらも瞼を伏せると、頭にふわりと何かが乗った。 ついでに顔に何かふわふわしたものが触れて、思わず目を開けそうになったらそれを察していたらしい男の唇が其処に触れて、それを制した。 「っ……」 「……まだ開けちゃダーメ」 瞼に触れている唇が動いて、蕩けそうに甘い声が耳朶を擽る。 (やっべ……) それだけで背中が震えるほど心地良くて、身体の力が抜けてしまいそうになって、慌てて手を伸ばした男の袖口を掴む。 いつも思うけど、この人の声は反則だ。 声も、響きも、仕草も、その顔さえも、全部反則だと思うけど。 「……もういいよ?」 「………?」 唇が離れて、温まった二人の間の空気が散ってゆく。 囁く声に恐る恐る瞼を開けた葛馬の目に入ったのは、男の非常識なまでに薄い携帯だった。 パシャリ、と小さくシャッターの落ちる音がする。 「ちょ、何撮って……!」 「カズ君サンタさん。待ち受けにしちゃおーっと」 「へ?」 間の抜けた声を上げる葛馬に携帯の画面が向けられた。 其処に写っていたのは赤い三角帽子と白くてたっぷりとした髭を付けて、驚いたように青い目を見開いている自身の姿、で。 (……さっきの柔いのの正体はコレか!) 慌てて髭を剥ぎ取るが、それで写真が消えてくれるわけもない。 「ちょ、ずるいぞ!」 「クリスマスだからね」 「理由になってねェよソレ!!」 「だってカズ君あんまり写真とか取らせてくれないし……」 「だからって不意打ちは卑怯だっつーの!!」 手を伸ばして、男の胸倉を押す葛馬の腕に逆らわずスピット・ファイアはソファに倒れ込んで。 「ぷっ、あはははは……カズ君、そのカッコで怒っても怖くないよ」 おかしくて仕方がないといった様子で笑い出した。 「わーらーうーなー!!」 裏返った声を上げて、葛馬はその胸倉に圧し掛かった。 ― NEXT ―
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どうにかクリスマスのうちに……しかし時間のなさに敗北、デス。 でもサンタカズ君がかけたから満足……と、思ったのですが。結局満足し切れませんでした(笑)。 とゆーわけで、クリスマス過ぎたのに続いたりします。 |