砂糖でできた蟻地獄の底で白い毛皮の狼さんがてぐすね引いて待ち受けていました。 (……なんかそんなカンジ………) 否、だからと言ってすぐに何かされると言わけではないのだが。 相変わらず時々スピット・ファイアの家に遊びに行って……最近では姉の帰りが遅い日は大抵彼のマンションで過ごしている……一緒にメシ食ったり、DVD見たり、他愛もない話をしたり。 変わったところと言えばせいぜい公園でなくマンションに直行になったとか、以前は向かいのソファに座っていたのが隣に座るようになったとか、スキンシップが増えたとかそのぐらいのものだ。 前は時々髪を触るだけだったのが最近では一緒に居る時は大抵どこかが触れている。 髪を弄ってたり、隣に座る肩が触れていたり、何時の間にかソファの背凭れに腕が回されて腕枕状態になってたり。 (………いや、別にいいんだけどさ。エロい手付きとかじゃねーし) やらしい手付きなら文句の一つも言うのだが、極自然な他意のない手付きなのでそんな気にもならない。 (………別にイヤってわけでもねーし、むしろ結構落ち着くって言うか……ぁれ? 俺、慣らされてる!?) 「……また百面相してる」 くすくすと笑う音が聞こえて葛馬ははっと顔を上げた。 「…………誰が百面相だ」 「見てて飽きないからいいけどね」 可愛い、と聞こえてきそうな緩い笑みでかぁっと顔が赤くなる。 見てるだけで恥ずかしくなるみたいなこの顔には、まだ慣れない。 「何か気に入ったの、あった?」 「……ん、あー……ちょっとこれ気になっかな」 並んでソファに腰を下ろし、何やら仕事関係の書類に目を通していた男が手元を覗き込んでくる。 捲る指の止まっていたATの雑誌に視線を戻し、葛馬は少し考えて先程気になっていた新作のホイールの記事を指した。 スピード重視の構造で見た目もシンプルですっきりしててちょっとイイ感じ。 そろそろホイール代え時だと思って居たから少し気になった。 「じゃぁ今度見に行こうか」 別に何か買うわけもなくぶらりとショップを巡るのは好きだ。 それもデート……になるのだろうか、何度か一緒に出かけた。 ちなみにお下がりのパーツをもらったり、スピット・ファイアのコネで安くしてもらったことはあるけど基本的に何か買ってもらったことはない。 そう言うことで甘えたくはないからだ。 彼はそう言うことは絶対に言わないし、言われても葛馬が断ると知っているのだと思う。 (……メシ奢られたりすっことはあっけど……) あんまり敷居やお値段の高いところだと葛馬が緊張すると判っているのだろう。 大抵入り易い雰囲気の、けれどさり気無くお洒落なイタリアンカフェだったり、カジュアルフレンチだったり。 と言っても一番多いのは彼のマンションで葛馬も少し手伝いながら何かを作ることなのだが。 『一人暮らしだからね』と事も無げに笑う男は料理も上手い。 和食はあまり知らないらしいが、エネルギーになりやすいパスタ類中心に大抵のものは手際よくこなす。 葛馬はいつもその隣で野菜を洗ったりレタスと千切ったりと簡単な手伝いをする。 (………いちおー、付き合う以上対等で居たいしさ) 年も、背も、人間的にも、全然対等な気はしないけど、少しでも同じ高さに近づきたいと思う。 彼なら其処まで引き上げてくれる、と言う確信めいた予感がある所為なのかも知れない。 (………もっと高く、もっと速く……見たことがない景色を、見せてくれそうな気がする) 繊細さを感じさせる細い顎、整った横顔を眺めながらぼんやりと考える。 「……何?」 「………あ、いや、なんでもねー…ッス」 どうしたの、と言う様に視線が返されて葛馬はそう言って頭を振った。 「そう? ……そう言えば今日はお姉さん、遅いんだったよね。夕飯、食べていくかい?」 スピット・ファイアは訝し気にしながらもそれ以上を問うことはなく、読んでいた書類を机に置いた。 「……ぁ、うん。何作んの?」 「さて、何がいいかな? リクエストはある?」 「ん〜……じゃあクリーム系のパスタ。前食ったゴロゴロしたベーコン入った奴美味かった」 「了解」 立ち上がりざま、唇が触れる。 何の前触れもない、触れるだけの掠めるようなキス。 (…………あー、あと時々キス、するようになった) これが一番変わったことだろう。 顔が近づいた瞬間自然に瞼を伏せていた自分が居た。 部屋で会う度にしてる気がする。 ………それ以上のことはまだしたことがない。 けれど触れるだけの、所謂バードキスには大分慣れた自分がいて。 何だかそれが擽ったいような恥ずかしいような、ヘンな気分だった。 「………そういや俺暫くここ、来れないかも」 生クリームとチーズたっぷりの濃厚パスタを巻き上げながら口に運びつつ、葛馬が思い出したように言うのにスピット・ファイアはふっと目線を上げた。 「……あぁ……イッキ君?」 空と梨花が『何者か』に襲われ病院に搬送されたこと、その見舞いに行ったイッキが入院させられたと言う話は当然スピット・ファイアの耳にも入ってきている。 表向きは京都で膝を負傷したのが理由らしいが、どうやら院長であり現『紬の王』でもある巻上イネと空が何か画策したらしい……と言うのはおそらく葛馬達の知らぬことだろう。 それに関しては二人の真意が分からない以上、私見で混乱させたくないので触れぬことにする。 「そ、 どこか不安そうな、不満そうな様子で。 けれどやれるだけのことをやろうと覚悟しているのだろう、自分自身に言い聞かせるような口調だ。 「……まぁあいつらにとっちゃ俺らはイッキのオマケみてェなもんだし、気にイラネェのも仕方ねぇけど俺らだってやれるってとこ見せてやんなきゃ……っと、ぁ……」 口にしたことで思い出したのかつらつらと文句が溢れて、けれどすぐに目の前の男も 「いいよ、気にしなくても。確かに僕も 「だっ……」 何でこの男は臆面もなく、前触れもなくさらりとこんな台詞を吐くのだろう。 赤面する葛馬をにこにこと穏やかな微笑を湛えて眺めている男に、葛馬はがっくりと肩を落とした。 「…………」 葛馬の視線が落ちるのを見て、スピット・ファイアはすっと目を細める。 小烏丸と 今までは彼の執着する王の中でも最も重要な位置を占める風の王の候補であるイッキが居たからそれ程心配はしていなかったのだが、一時的にとは言え葛馬がリーダーになったことで彼と接する機会も増えるだろう。 (……………大丈夫だとは思うんだけど……) 指先をこめかみに当て、葛馬の背中越しに見える夜景に視線を向ける。 彼と同じチームだったのはたった二年前のことなのに随分と昔のことに感じた。 「……どうかした?」 「………いや、何でもないよ」 訝し気な視線を向けてくる葛馬の言葉に我に返り、スピット・ファイアは何事も無かったように緩く笑みを浮かべた。 「そうだ、暫く来れないのなら今日は泊まっていかないかい?」 「え? あー、でも……」 葛馬はどうしようと言うように視線を揺らす。 「少しなら呑ませて上げるよ?」 そう言ってスピット・ファイアがちらりと視線を向けた先には小型のワインセラーが置かれていて、それに気付いた途端、彼は目を輝かせた。 「え、いいの!?」 スピット・ファイアはワインを好む為、キッチンに置かれた家庭用の小型のワインセラーには常に数本のワインを置いている。 葛馬が時折気にしていたことは知っていたが一応未成年なので見て見ぬ振りをしていたのだ。 「泊まっていくなら、ね。帰るなら危ないからダーメ」 原付自動車並……否、スピード系ライダーの葛馬ならそれを遥かに上回るスピードの出るATで飲酒運転はさせられない。 と、言うのは半分は口実だ。 それなら最初から飲ませなければいい。 (……こう言うのはちょっとずるいんだけどね) 葛馬の喜ぶ顔がみたいのと、もう少し一緒にいたいのが半々で。 内緒だよ、とスピット・ファイアは口元に指先を当てた。 ― NEXT ―
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ステップアップ編〜と言うことで、これからちょこちょこと進展して言ってくれるといいなぁ…。 いや、してもらわなきゃ困るんですが(笑)。 |